66:きっと快晴


着替えを済ませてから部屋に戻ると、アマイモンが机の上に菓子を広げていた。メフィストさんは変わらずに執務に勤しんでいる。
メフィストさんもそうだけど、悪魔というのは甘いものが好きなのだろうか。糖分ばっかり摂取している気がする。

そういえば、このあいだ自室の隣の部屋にお菓子の入ったダンボールが大量に運ばれていたけど……、も、もしかして、あれって、

「メフィストさん、私の部屋の隣にアマイモンが来るんですか」
「はい、そうですよ」

だからなんだと言わんばかりに、当然のごとく、答えられた。

「悪魔といえど部屋は必要ですよ。もしかして漫画みたいに亜空間でも作れると思ったんですか。なにもそこまで万能じゃありませんよ」
「そんな話はしていません。そうじゃなくて、部屋を変えてみませんか」
「そこがちょうど良いんですから、わがままを言わないでください」
「そ、そう、ですけど……」

部屋なんて腐るほどあるくせに、という台詞は呑みこむ。

ちらりとアマイモンを見てみれば、我関せずとスナック菓子を頬張っている。
ふと、なにかと目があった。

<グルル、>
「……鬼?」
「ベヒモスです」
「ベ、ベヒモス……」

再び唸る、アマイモンのとなりに座っている悪魔―――もとい鬼。ベヒモスというなまえがあるらしい。
ペットとして連れているのだろうか。悪魔にも愛玩動物という嗜好が存在するのか。

じっと見下ろしていると、ベヒモスは私の足元へとやって来た。犬のように鼻をひくひくと動かしている。

<……グゥ>
「えっ、なに、」
「虚無界のにおいがすると言っています。悪魔でも連れているんですか?」
「ほう、」

嫌な汗が噴き出す。な、なんてことを言い出すんだ。

あわてて首を振ったが、メフィストさんの目は怪しげにぎらついたままだ。
どうしよう、悪魔のことを知られてしまう。クリアーはもうここにはいないのに。

私はわざとらしくアマイモンを睨み、そして自分の服に鼻を押し当てた。
うーん、何のにおいもしないのになあ。

「さっきアマイモンが上に載ったせいだ。うっわ、悪魔のにおいついちゃった」
「ボクのせいじゃありません」
「ベヒモスくーん、きみのご主人はくさいのかなー」
<グルル、>
「そっかー、くさいかー。早く風呂入って脱臭剤でも撒けって言っておいで」
「ベヒモスに余計なことを吹き込まないでください。あと、そんなことは言っていません」
<グガァ>
「ベヒモスもあの女の言うことを聞かないでください」

ベヒモスという名の鬼は、私の言ったとおりにアマイモンのところへと向かった。言っていることが解るのか。
なにやら私に懐いてくれたみたいなので、帰ってきたベヒモスの頭を撫でてやる。わかりやすく目が細められた。
犬みたいで、ちょっとかわいい。

「ベヒモスはご主人とちがって賢いなー」
「馬鹿にしないでください」
「ほんとうのことを言ったまでだけど」
「やっぱり殴らせてください」
「返り討ちにしてやる」

立ち上がって殴りかかろうとするアマイモンに、聖水のボトルを見せつける。今度はダガーナイフも忘れない。

そのまま睨みあっていると、メフィストさんが音を立てて立ち上がった。

「まったく、子どもじゃないんですから、こんなところで喧嘩しないでください」
「首を噛み千切っていればよかった」
「聖水を直にかけていればよかった」
「いい加減にしなさい。……まひるさんも、せっかくの休日なんですから出かけたらどうですか。引きこもってばかりだと健康によくありませんよ」
「メフィストさんにだけは言われたくないです」

でも、出かけていいのか。外出許可が出るとは思っていなかった。
別に謹慎中というわけではないけど……、そうか、それなら出かけて来ようかなあ。

ボトルとダガーを下ろして、元通りポケットに戻す。

「……じゃあ、出かけて来ます」
「くれぐれも学園町からは出ないでくださいね」
「はいはい」

てきとうな返事をして、ちょっとだけ浮かれた足取りでメフィストさんの部屋から飛び出した。

よっし、それならどこへ行こうかな。そういえば学園町内はまったく知らないし、ぶらぶらと歩いてみる、とか。
お金はちょっとずつ貯めた小銭がある。全部集めればそれなりの額になるだろう。

財布と携帯を掴んで、部屋の鍵穴に鍵をさしこんだ。




mae ato
modoru