58:てのひらで踊る


喉が、その題目を読み上げる。奥村燐。そして、覚醒。

「おおよそ察しはつくと思いますが、あなたがここに来た日に奥村燐は魔神の落胤として覚醒しました。
 未完成とはいえ、彼はあの青い炎を発現させました。そのきっかけとなったのは、彼の養父である藤本獅郎という祓魔師に魔神が取り憑いたことです。

 魔神は息子を虚無界へと連れ帰るべく“虚無界の門”を開いたのです。そして、つながるはずのない―――つながってはならない物質界と虚無界がつながった」

一呼吸。

「結果、時空は歪みを生んでしまった。平行世界へと影響を与え、世界を繋ぐ扉は開け放たれ、……あなたはここに来た。
 以上が、あなたの望んでいた“事件”の概要です」

メフィストさんは事細やかに、とてもていねいに、事の概要を説明してくれた。
私はすべてのことばを反芻し、頭でまとめあげる。



すべての要因は、奥村燐にある?



いつのまにか手の震えは治まっていた。喉の奥から、静かな息がこぼれる。安堵のそれとよく似た、呼吸をする。

「(安堵?)」

なぜ?否、理由は解っている。



―――あの燐くんが事件の犯人でよかった、と思っているんだ。



今まではただの私怨で、私情で、彼が立ち向かっていくところを見つめていた。傍観を続けていた。

だけど、これで、後付けながら立派な理由が出来た。


私は燐くんの所為でこんなところに来てしまったんだ。
彼を恨む理由は十二分にある。
だから、事の真相を知っていても黙っていたんだ。

単なる嫉妬じゃない。劣等感じゃない。



「(私は、何も悪くない!)」



そう、叫べるようになった。だから、安心した。

みにくいな。目も当てられないほど、みにくい。きたない。



―――『復讐は、何も生みませんよ』

もちろんそんなことは解っている。無駄だということくらい重々承知している。
だって、ほんとうは「復讐」なんかするつもりはない。

「(ただ、私は、私はこの“理由”がないと―――……)」






「では、ここで問題です」

放心していた私に、メフィストさんはいつものようにふざけた笑みを浮かべて指を振った。

「この事件の“犯人”は誰でしょうか」

私のほんとうに知りたかった情報を、メフィストさんは容易に口に出してみせた。

私がもっとも必要としていた情報。ここに来た要因である“事件”の“犯人”。
その人物を私の望む形に仕立て上げるために、知りたかった情報。

あるひとつの解答を口走りそうになって、それを留めた。口の中で「奥村燐」ということばを転がす。
ほんとうに、彼が“犯人”?メフィストさんの言ったように「不本意ながら」覚醒してしまったのでは?

私は、誰を恨めばいい。誰に復讐の矛先を向けたらいい。

奥村燐を恨むのか?
望まずして図らずして覚醒の炎を上げてしまった彼を、生まれながらに抗えぬ業を背負ってしまった彼を、「燐くんさえいなければ!」とあまりに陳腐な台詞をぶつけながら。

彼の養父だという藤本獅郎を恨むのか?
魔神に心を許してしまうような弱い精神を持っていたその人を、奥村燐を危険因子だとせずに育て続けたその人を、「あなたがしっかりしていれば!」と曖昧でしかない台詞を吐きながら。

はたまた魔神を恨むのか?
世界を歪める要因となった虚無界の門を開いた悪魔を、人間との間につくった息子を迎えに来た悪魔を、「おまえがあんなことをしなければ!」と正当に見える台詞を叫びながら。






―――どれもこれも、全部、お門違いじゃないか。直接的な原因に、誰ひとりとしてなっていない。

私がこの世界に来たのは確かに彼らが引き起こしたひとつの“事件”のせいかもしれない。
でもそれは、私が恨んでいい理由にはならなくて。


結局、私はメフィストさんやアマイモンを恨むしかないんだ。この世界に来たことはただの事象で、諦めるしかないことだと考えるしかないんだ。
私の“復讐”の矛先は、どうあがいてもメフィストさんやアマイモン以外には向かない、向けられない。


「答えは、犯人なんて、いない……です」
「おや、奥村燐や魔神とでも答えるかと」
「メフィストさんはそう思うんですか」
「考えようによっては、こじつけようとすれば、誰でも簡単に“犯人”になることができますよ」

そう、こじつけようとすれば。―――私にはこじつけるだけの知恵と才能と、それから気概がなかった。
なんとなくわかっていたからだ。誰かが意思を持って私をここに連れてきたわけではないことを。
まあ、当たり前のことだと言われれば、そのとおりだ。

「私はこじつけられなかったんです」

私の口ぶりになにかを感じたのか、メフィストさんは逸らしていた視線を私へと向ける。
でも、私はその目に答える気はなかった。

ことばを続ける。

「つまりは、私をここに連れてきた、私をイレギュラーにした“犯人”なんていなくて、ただの自然現象で超常現象だった、ということなんですね……」

どこか落胆したような台詞になってしまった。意図せずとも、そうなった。
今までの私の苦労は、すべて余計なものだった。無意味なものだった。






“復讐”相手を変えることなんて、出来ないんだ(あの夢から逃れることだって)


mae ato
modoru