05:もうこどもじゃありませんから
話はそれだけかと私は尋ねた。
気持ちを整理したいのではなく、早く寝てしまいたかった。何も考えたくはない。
どうして前の世界の記憶を取り戻したいのか、私でさえ理解していないのだ。なんでこんなに絶望しているのかも、私には分からない。
乱れた心境で気を遣うことも忘れている私に、フェレスさんは気を悪くした様子を見せなかった。優しい人だ。
私だったら確実に堪忍袋の緒が切れるだろう。不躾にも程があるのは重々承知である。
睨み付けるかのように顔を上げた私に、フェレスさんは首を振った。
「貴女をこうして呼び出したのはこの話をする為と、もう一つ理由があります。
まひるさん、祓魔師になる気はありませんか?」
「は、…?」
エクソシスト。
頻繁には聞かないが、確かに耳にしたことのある単語。悪魔祓いをする人とか、そんな意味だったような気がする。
この世界には悪魔が存在するのだから、それを祓う人間も伴うことになるのか。
しかし、何故私にそれになれと言うのだろうか。
「祓魔師になれば、いずれはオブリビオンを祓う術を見つけることが出来るかもしれませんよ」
更に誘うようにフェレスさんは言葉を連ねる。その言葉に、私は思わず心が引き寄せられた。
ああ、でも。
「すみません、直ぐには答えが…」
「いえ、構いませんよ。そんなに急がなくても。
ただ、明日に祓魔師養成塾――祓魔塾の第一回目の授業が行われます。もし行きたいと思いましたら、どうぞ私までご連絡下さい」
「ご連絡、って」
「これを」
差し出されたのは、小さな白い紙。そこに数字が並べられていた。これは、
「私の携帯の番号です。登録しておいてください」
「分かりました、有難う御座います」
「いえ、」
こんなことまでしてくれるなんて、やはり親切な人だと思った。
しかし、おかしい。
―――どうして、この人は此処までしてくれるのだろうか。
だって、私とこの人は今日会ったばかりの筈だ。こんなにも親切に説明をし、親切にこれからの行く先を教えてくれる。
嬉しいことではあるが、疑わざるを得ない状況であった。
「あの、貴方は一体、」
少しばかり遠慮気味に言葉を濁す。直球勝負は苦手なのだ。
「ああ、きちんと自己紹介をしていませんでした。これはすみません」
にたりと、変わらず何処か妖しげな笑みを浮かべるフェレスさん。その笑みに、何故か不安を覚える。
「私は正十字学園の理事長、そして祓魔塾の塾長を務めています。あと、一応正十字騎士團にも所属し、名誉騎士という称号を戴いています。表向きの名前はヨハン・ファウスト五世です。あとは、他に何か知りたいことでもありますか?」
「…………っ、え、」
えっ、全然分からなかった。しかし、断片的なことは理解できた。
理事長に塾長。ってことは、もしかして、この人、相当偉い人なんじゃ…!
私、そんな人にこんなにしてもらっているなんて、う、うわあ。
急に申し訳なさと今までの遠慮なしの態度の罪悪感で潰れそうになる。
よくよく考えれば確かにこの人は所謂「お偉いさん」の雰囲気が出ていた。
服やこの一室も高価そうであったし、何よりどこでもドアを持っている(もしかすると、これも悪魔の仕業なのかもしれないが)。
「まあ、貴女をもてなすことに私の立場は特別関係がありません。個人的な意思で、ですよ」
「個人的な意思…」
その言葉にフェレスさんの顔を凝視していると、彼は愉快そうに指を振りながら紅茶を啜った。
「異世界の人間なんて、面白そうじゃありませんか」