53:未知的ダウトフル




「ずいぶんと、らしくないことをしたもんだな」

ネイガウスから薬を受け取りまひるが別室で着替えと手当てをしている最中のことだった。沈黙を切り裂くように、ネイガウスは口を開いた。

「……、」

メフィストはそれに返答しなかったが、それは肯定と判断するほかない反応である。
ネイガウスもそう考え、嘲笑にも似た乾いた笑い声を上げた。メフィストがじろりと睨めば、その笑い声も消え去った。

深く息を吐くメフィストを横目に見て、一番そう思っているのは彼自身なのだろうとネイガウスは開いたその口を再び硬く結ぶことにした。
それが最も安全な策である。彼を刺激しない、最善の策であった。

事実、メフィストの気配は、見たこともないほど露骨に、殺気にも似た不機嫌さを放っていた。










そんなことは自分がいちばん分かっている。他人に言われるまでもない。

無意識のうちに歯を軋ませていたことに気づき、顎を緩めた。それでも自分の心の内の戸惑いは解消されなかった。
心など持たなくてよいものを。腕を組み、足を組み、うつむく。


少し狭まった視界にどことなく安堵した。


登場まではうまく演じていたはずだ。
彼女は多少怪我を負ったけれども重傷と呼べるほどではなかったため、他の塾生と同様に手当てを受けさせようと思ったのだ。
それが、どうしてこんなことに。


―――「ちょ、ちょっと、メフィストさん…!」


塾生のひとりの腕に抱えられている彼女を見た途端、なぜかひどく辛そうに見えた。血の気の失われた顔にぐったりと伸ばされた四肢を見て、思わずその細い腕を掴んだ。

辛そうに見えたところでそのまま放置することも出来たはずだ。
なぜ、無計画にも彼女の腕を掴んだ。多くの人間の目があるところで。“ヤツ”のいるところで。


ますます理解の出来なくなる思考に嫌気が刺してくる。


杉まひるという、異世界の住民というイレギュラーを“ゲーム”の中に放り込んで、想定外の出来事を起こそうと企んだのは自分自身ではないか。
その己が、絶対の“プレイヤー”である己が、想定外のことに翻弄されているとは。
そんなことは予想もしていなかった。


―――ああ、だから、想定外のことなのか。


こんな感情は、今まで生きてきて初めてだった。





(いつしか彼は、駒のひとつになっていたのかもしれない)


mae ato
modoru