50:一度は二度を経て三度となる
杜山さんが倒れてしまったことにより、屍番犬の襲撃を妨害していた樹木が煙となって消えた。詠唱については三輪くんは終了したようだが、勝呂くんがまだ終わっていない。致死節は後半にあるのか、まだ当たっていないようだ。
それが、現状。私が燐くんおよびネイガウス先生の動向を窺っていたときに済ませられた事柄。
「く…、のやろォ!」
志摩くんが苦肉の表情を浮かべ、もっていた錫杖で屍番犬の肩を突いた。
杜山さんにはあの神木さんが駆け寄っていたし、とりあえずは心配無用だろう。私も応戦をしないと。
手始めに構えなおしたダガーの一本を屍番犬の頭に向かって投げた。ちょうど額の部分に突き刺さり、少しだけ呻き声を上げた。
新たな敵を発見したように、ぐりんと頭がこちらを向く。突き刺さったダガーがひどくグロテスクだ。
「…っ、しもた!!」
屍番犬は錫杖を腕で払った。その拍子に志摩くんは手を滑らせてしまい、錫杖が弾かれる。志摩くんが得物なしの状態となってしまった。
「志摩くん、下がって!」
即座に志摩くんの前に移動し、もう一本ダガーを投げる。しかし、それは屍番犬の肩の上を通過して壁に突き刺さった。
外して、しまった。
「くっ、」
慌てて懐からダガーを取り出して右手に構え、向かってきた巨躯にダガーの刃を走らせた。ぶつん、と身体を繋ぎ止めていた紐の一部が千切れ飛ぶ。
「っ、あ、」
その傷口から吐き出される赤黒い体液。
目の前で飛散し、避けることは不可能だった。反射的に顔を腕で覆ったため、幸いにも目に入ることはなかった。しかし、制服や腕、足の被害はひどい。
くらくらしてきた。ふわりと意識が揺らいだ刹那、屍番犬の腕によってなぎ倒された。
デジャヴである。
吹っ飛ぶ身体の着地点はまたも冷たい床―――。
かと思えば、
「まひるちゃん!」
「し、志摩くん…」
歪む視界に、桃色が映った。
志摩くんが飛ばされた私を受け止めてくれたのか、ありがたい。続けて三輪くんもやって来て、私の顔を覗きこむ。
「杉さん!すぐに体液を拭き取りますから…!」
「ごめ、でもだいじょうぶだから。勝呂くん、が」
「杉さん昨日も屍番犬の体液浴びとるんですよ!悪化したらどないするんですか!」
「は、はーい…」
「はは、子猫さんお母みたいや」
三輪くんがハンカチを取り出して、障りのないところを拭いてくれる。私も自分のタオルを出して、足や制服を拭った。
「でも、やっぱり勝呂くんが、」
「見てみ、まひるちゃん」
ゆっくり視界を動かすと、ぼんやり白い狐が見えた。
あ、神木さん、
「“ふるえ、ゆらゆらとふるえ…、靈の祓!!!!”」
「神木さん!」「やった………!?」
神木さんの使い魔白狐二体の攻撃により、屍番犬の動きが一時停止する。しかし、それでも倒れない屍番犬は、詠唱を続ける勝呂くんのトサカ……もとい髪の毛を掴んだ。
「“この弟子…なり!我等はその證の真なるを…!! 知る”」
「坊!」
危機一髪かと思われたそのとき、突然部屋の電灯が灯った。
やっと、分電番を上げてくれたのか。おそらくこの部屋のを見つけるのに時間がかかったのだろう。カメラをつなぐ余裕はないが、このくらいの時間でなおかつ燐くんなら考えられる。
少しだけ動きが鈍った屍番犬は眩しそうだった。
「“…我…おもうに世界も…、その録すところの書を載するに、耐えざらん!!!”」
パアン、と高らかに音を立てて屍番犬の身体が消えた。最終章で当たったのだ。
「お、終わっ、た……?」
「よっしゃあ!ようやらはったで坊!」
「はあ……、」
「坊、大丈夫ですか!」
これで、終わったんだ。
屍番犬二体は、完全に消滅した。祓魔完了。
これにて、候補生認定試験は終幕。
なんとも呆気ないものだ。私はようやく安堵の溜息を深々と吐いた。
力無く勝呂くんは膝を折る。三輪くんがそんな勝呂くんの下へと駆けて行った。息が荒い勝呂くんはひたすら「死ぬ死ぬ」と呟いていた。
「はは、勝呂くん怖かったんだ」
「あないな生きるか死ぬかの状況で怖ないはずあらへんやろ」
「死ぬことはないと思うけど…、あ、」
「どないしたん?」
「ほら」
「おい!」
足音を聞き取って入口の方を指差せば、燐くんがこちらへ顔を覗かせていた。電気をつけて急いで戻ってきたんだろう。
その背後を飛んでいるカメラに、私は目を見開いた。
「あ、」