49:台本通りに演じてみせて


試験に参戦だ!



と、意気込んだものの、未だに屍番犬がこちらに来る様子もない。木々が入り組んでいて動きづらくなっているのだろう。

「なんや、まだ来ぉへんやないの」
「そうだね、まあ、しばらくは安心できるかな」

ナイスだ杜山さん。あんな小さい身体をしているけれど意外とやるんだな、ニーちゃん。だけど、それも杜山さんの体力が続くまでの間だ。がんばって、という視線を杜山さんに送りつつ、ダガーナイフを下した。





あ、そうだ。今の間に燐くんの動向でも確認しておこうかな。せっかく悪魔に尾行させたのに放置じゃかわいそうだ。それに、ネイガウス先生がどう出るかも気になる。

あのカメラの悪魔――名前、何にしよう…。ま、後で考えることにして――にリンクリンク。
目の前の情景と脳内で流れる映像が重なると見づらいので、まぶたを下ろす。屍番犬が来たら志摩くんが何か反応してくれることを期待して。


パッ、とテレビの電源を入れたように、脳内で映像が流れ始めた。燐くんが何処かにいるようだけれど、暗くてよく見えないな。

《! やっぱ全部オフになってんじゃねーか!》

ひとりごと言っているよ燐くん…。


これは、分電盤かな。発見したんだ。これで灯りがついてくれれば、よりやりやすくなるんだけれど。

《これを上げれば、》

しかしその背後から飛び込んできた長い舌によって、上げることは妨害された。舌に弾かれた燐くんは柵に身体を打ちつけ、そのまま下の階へと落ちてゆく。気味の悪い叫び声を上げるのは、まぎれもなく屍番犬だった。

《…ッて、…のやろォ…。邪魔すんな…!!!》

燐くんの怒号と共に、身体中から噴き出す青い炎。初めて見たそれは、ひどくきれいなものに見えた。


でも、あの魔剣は、炎の力を制御しているのではなかったっけ。最早抑えきれなくなってしまったのだろうか。まあ、悪魔の親玉である魔神さまのご子息の力だ。あんな刀一本で抑え切られるとは、思わないだろう。

《そうそう、その炎が見たかったのだ。その青い炎をな》


そうして現れる第三者の声。


カメラがその声の主を映し出した。暗闇からゆっくり現れたのは、やはり、ネイガウス先生だった。屍番犬がネイガウス先生の傍に歩み寄る。

《人前では力が使えぬようなので誘い出させてもらったぞ、奥村燐。―――サタンの息子よ》
《…お前、塾の先生か…?》

驚いた燐くんの台詞にネイガウス先生は怪しげにニィと口角を吊り上げる。完全に悪役と化したネイガウス先生だけど、そんなふつうにネタ晴らしして良いかなあ。正体明かしてしまったら、後が面倒そうなのに。

《昨日のも今日のも、てめーがやったのか………!?》
《…まあ、そうだ。それよりもっとその炎を見せてみろ。ククク…》

ネイガウス先生の挑発を受け、燐くんは突然姿を消した。驚くネイガウス先生の目の前に、澄んだ青がちらつく。

《!!》
《絶対許さん…!》

既に剣を抜いた燐くんが、屍番犬の脳天を剣で突き刺していた。それを起点に屍番犬が発火し、高らかに炎を立てて燃えてゆく。

苦しげな声が脳内に響き渡った。

《……成程な》
《!? おい、待て!》

そうぽつりと言葉をこぼして、ネイガウス先生は闇に紛れて消えていった。燐くんが追いかけようとするが、暗闇の中ではロクに目も働きはしない。

《…て、今はそれどころじゃねぇ……!》

燐くんが分電盤の方へ向かって行ったので、わたしはカメラとの回線を断った。後は分電盤を上げて、戻ってくるだけのことだろう。

どうやらネイガウス先生は小手調べ程度に燐くんを誘き出しただけのようだから、これ以上手を出しはしない、と思う。すべて憶測にすぎないけれど。

電気がすぐにつかなかったらカメラにリンクすればいいか、と結論づけて私は瞳を開けようとした。



「杜山さん!」



はた、と意識がこちらに戻る。



気が付いたときにはもう、目の前に屍番犬が迫ってきていた。


mae ato
modoru