47:課せられたふたつの試練


私が燐くんに感じている感情は、おそらく嫉妬と羨望だ。

独りでも強い彼が羨ましいし、憧れる。どうして独りなのに、そんなに強くいられるのか分からない。独りだったら、どんなに辛いか。

ああもう、今はそれどころじゃないのに。

勝呂くんが考えをまとめている間に、私はすることがある。暗闇なのは、私にとってひどく都合の良いことだ。

―――悪魔を、召喚しよう。

私は制服のポケットの中で、魔法円の描かれた紙に血を落とした。

この悪魔は屍番犬、ネイガウス先生の召喚したものだと断定していいだろう。試験だから。でも、こうして燐くんが屍番犬をおびき寄せたということは、これに乗って本気にさせる可能性もある。

メフィストさんいわく、先生は感情的らしいし。期日は決定しているが、独断で動く可能性もある。

だから、私はそれを見届けなければならない。


でも、生憎私は試験の最中であるうえにこうして残されたままだ。追いかけることも出来ない。



ならば、悪魔を創ってしまえばいい。



私にはその能力がある。
先生にバレるかもしれないから、わざわざポケットの中で行うのだ。

「ポケットからものを出すフリをして間違えて別なものを落としちゃった!」みたいな風にすれば、きっと大丈夫。うん、信じよう。

いざとなったらメフィストさんに泣きついてやれ。絶対しないけど。その前に記憶を消しちゃえばいい。

持っているものは全てつかえ。それがモットーだ。



―――カメラに憑く悪魔で、撮影している映像を召喚した人間にリンクすることが出来る。羽根があるので飛ぶことが可能。追跡能力もある。大きさは手のひらで持てる程度。こんな悪魔がいたらいいのに!


コツン、と手のひらに何か当たった感触がした。よし、召喚出来た。


―――奥村燐を追って。あ、でもこっそり出て行ってね。誰にも分からないように。


羽根が私の手の甲にそっと触れた。了解の合図だろう。ポケットから手を出して、そのときにポロリと落とした。さあ、任務完了。

私は私の試験に集中しよう。

さて、どうするのかなと思って勝呂くんを見上げれば、彼の視線の先には辛そうに呼吸をする杜山さんがいた。あれだけの大木を出しているうえに、屍の血液を被ったのだ。体力が浪費されるのも無理ない。

「…クソ、…でも確かにこのままボーッともしとられへんし!」

考えがまとまったのだろうか。勝呂くんは前を見据えた。

「詠唱で倒す!!」
「!!?」

予想外にも、詠唱。一同は唖然としたまま、勝呂くんの顔を見つめて次の言葉を待っていた。

「坊…、でもアイツの“致死説”知らんでしょ!?」
「…知らんけど、屍系の悪魔は“ヨハネ伝福音書”に致死節が集中しとる。俺はもう丸暗記しとるから…、全部詠唱すればどっかに当たるやろ!」

なんて荒業だろうか…。でも確かに、生憎私も屍番犬の致死節を知らない。それに戦闘能力だって私含めみんな未熟だ。中級を相手にできるほど強くない。それならば、策は詠唱以外に見当たらない。

ここは、勝呂くんの作戦に載るしかない。私だって、これでも詠唱騎士を目指しているから、ヨハネ伝福音書は暗記している。

「全部?二十章以上ありますよ!?」
「…二十一章です…」
「子猫さん!」
「僕は一章から十章までは暗記してます。…手伝わせて下さい」
「子猫丸!頼むわ…!!」

「あの、私も暗記しています」
「まひるちゃん!!」「杉さん…、流石ですね」
「照れるなー」
「棒読みやで」
「そんなことないよ」

二十一章を三等分して、七章ずつ詠唱すれば何処かにあたるはずだ。

でも、詠唱を始めたら…、

「ちょっと、ま、待ちなさいよ!」
「!」
「詠唱始めたら集中的に狙われるわよ」

その通りであります、神木先輩。

詠唱を始めれば、殺されるのが嫌な悪魔くんたちが詠唱しているひとの口を塞ごうとするのだ。当たり前だろう。
あ、だから班を組むのか。納得。

私は胸元のダガーナイフにそっと手を伸ばした。



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