46:Gelosia


火傷の痕が疼く。背中がずきりと痛む。身体が覚えているあの攻撃。私の身体は、あのことをトラウマにでも思っているのだろうか。



そういえばと、真っ暗の中辺りを見渡せば塾生一同が突然の停電に驚いている。

全員、いる。








はい始まりました!候補生認定試験!この感覚からして試験に使われる悪魔は屍番犬でしょうね!闇が大好きな彼らのためにご丁寧に電気まで消してくださったとは!うふふ!まひるちゃん泣きそう!

「まずい、自分のキャラクターが迷走している…」
「なんか言うたか」
「いいえ、何も。ところで、志摩くんは何しようと?」

自分の世界から脱出して一同を見返すと、なぜか志摩くんが出口のドアのほうへと向かっていた。
私の質問に気がついたのか、志摩くんはにやりといたずらっぽく笑った。

「外出て様子見てこようと思ってな。まひるちゃんも来ます?」
「遠慮しておきます。それより、止めたほうがいいと思うよ」
「心配してくれとるん?嬉しいわぁ。でも、俺、こういうハプニングワクワクする性質なんやよ。リアル肝だめし………」

ギィイ、とドアを開ける。横目で見る。腐臭が漂う。



そして、―――閉めた。

「えっ、志摩くん?」
「…なんやろ、目ェ悪なったかな…」
「現実や現実!!!!」

勝呂が叫んだのとドアが破られたのは、ほぼ同時だった。その腕はつぎはぎだらけで、明らかに屍番犬のものだった。
予感的中で泣きそうだ。志摩くんが叫びながらその腕を避ける。

そうして現れたのは、頭部を二つもつ屍番犬。ご苦労様ですネイガウス先生。

「昨日の屍…!!」「…!」
「ヒィィ魔除け張ったんやなかったん!?」
「てか…足しびれて動けな…」
「えええ、勝呂くん情けない」

しかし、試験とあらば全力で向かわなくてはならない。急いでダガーナイフを構えた。

どう来るかと思っていたら、なんと屍番犬の頭部が膨張し始めた。なに、あれ。気持ち悪い。ブチブチと繋ぐ糸が千切れていく。


あ、やっと思い出した。それと同時に身体は動き出す。


ボンッ。頭部が破裂して体液が飛散した。私はその前に寝台に滑りこみ簾を下ろしていたため、一切体液を浴びずに済んだ。

やはりそうだったかと、自分の記憶に感謝する。自分の身で経験しているため、よくわかる。屍の体液は私たちにとって有害だ。あれを浴びてしまえば、必ず試験に支障が出る。それは避けたいことだ。試験と名のつくものに落ちるのは、存外辛い。



そろそろ終わったかなあ。簾の隙間から部屋を覗きこんだ。
変な樹木が、屍番犬を押さえていた。その先を辿れば、杜山さんの使い魔である緑男の幼生、ニーちゃんの腹部だった。

そんなところからあんな大木を出しているのか。見掛けによらずすごいんだなあニーちゃん。

落ち着いた頃合を見計らって、私は寝台から下りた。

「みんな、大丈夫かな」
「あ、杉さん、無事ですか!」
「うん。体液を浴びちゃったみたいだね」
「手前だけ逃げたんか…」
「迅速な判断の結果だよ」
「……」
「少しはつっこんでください…」

各々咳き込んで辛そうだ。しかし、試験の一貫ならばこれも耐えねば。がんばれ、みんな。


私だけ知っているというのはフェアじゃあないけど。しょうがない、よね。


そんな不穏な空気の中、起立したのは燐くんだった。

「俺が外に出て囮になる」
「!?」
「二匹ともうまく俺について来たら何とか逃げろ」

どうやら勘違いを起こしたようだ。おそらくだが、彼は自分が狙われているのだとか思ったのだろう。昨夜の一件もあるし、無理もないけれど。

いささか、自意識過剰だなあ。なんて、冗談だよ。


「…ついて来なかったら、どうにか助け呼べねーか明るくできねーかとかやってみるわ」
「はァ!?何言うとるん!?」
「……バ…バカ!?」
「ま、発想は馬鹿だよ」
「何だと!?」
「嘘だよ…、なんてね」


いつでもそうだ。燐くんは自分を犠牲にして、みんなを守ろうとする。
昔独りだったからこそ、今ようやくできたこの関係を守ろうとするんだろうな。



もしも独りのままだったら、ただのクラスメイトを、みんなを、守ろうとするのかな。


「俺のことは気にすんな。そこそこ強えーから」
「バッ、おい!奥村!!戻ってこい!!!」

勝呂くんの声も無視して、燐くんは大木の隙間に、消えた。



mae ato
modoru