04:被害総額はこちらになります


私は高校二年生で、さっきまで朝課外に遅刻しそうになっていて、それで―――それで?

「あ、あれ…?」

おかしいな。なんで。
住所は?私、何処に住んでいたっけ。高校って、何処だっけ。
友達は、親友の名前は、好きだった人の名前は、―――おかしい、な。

「なにも、思い、出せない…」

小さい頃の記憶も無い。三十分前の記憶も無い。
お母さんやお父さんの顔、家具の位置だって思い出せるのに。
どうして前の世界の記憶だけは、思い出せないの。

「―――貴女に憑いている悪魔は、“オブリビオン”という悪魔です。人間が何か大きな精神的衝撃を受けた際に、その傷に入り込みます。
 通常物質界――我々が住む世界のことです――には下級ばかり現れるのですが、今回はその“事件”に紛れて上級のオブリビオンが現れて貴女に取り憑いたようですね。
 下級程度であれば、ほんの少し記憶をゆっくり啄ばむだけなのでほとんど無害なのですが、上級ともなれば大事な記憶を好みます。

 貴女に憑いた悪魔は、―――――貴女の“前の世界の記憶”を食べてしまったようだ」

その言葉に、絶望が私の心を覆い尽くす。

そんな、馬鹿な。前の世界を恋しくも、恨めしくも、感じられないなんて。
寂しさも憤りも嬉しさも喜びも、記憶が無いから何もない。
私は前の世界が好きだったのか嫌いだったのかも、分からない。

「そ、んな、」
「オブリビオンは一度憑くと暫くは離れようとしませんが、それ以上記憶を食べることはありません。
 一度蓄えたその記憶をゆっくり堪能し、気が済むまで居座るでしょう」
「祓えないんですか、どうにかして、」
「生憎、オブリビオンは今の所祓魔方法が発見されていません。致死説も未だ発覚していない」

致死説が何かは分からないが、倒す術だということは何となくだが理解出来る。つまり、私の前の世界の記憶はもう二度と元には戻らないということなのだ。
これでは、前の世界に帰っても、記憶喪失なんだから意味が無いではないか。

オブリビオンは、まるで私をこの世界に留めるかのように、記憶を啄ばんでしまったのか。

「は、はは」

渇いた笑いが、口から零れ落ちた。





mae ato
modoru