45:一時停止ボタンの不在




「膝の上に載っているのが猫だったらどんなに良かったことかって、思っている」
「な、何や」
「誰の所為でこんなことなっていると思っているのかなあ、なんて」
「お、俺は悪くないわ!そもそも神木が、」
「よいせ」
「ぎぁっ、おま、な、っ!」
「ざまあみやがれ」
「な、何しはったん杉さん」
「足の裏を突いただけだよ」
「うわあ、鬼やわあ」

「静かにしてください。もうひとつ増やしましょうか」
「遠慮願います」

メフィストさんのところから帰還し、すぐに授業に勤しんでいた。はずだったのに、なぜか現在こんな状況に陥っている。詳しく言えば、正座をして膝の上に囀石を載せてその重みに耐えている。

この状況の原因は私の隣に座っている勝呂くんと、燐くんの隣に座っている神木さんにある。
彼女らが休み時間中に口論をしたのだ。とうとう手まで出しちゃって、そこに運悪く雪男くんが現れ、この様だ。連帯責任というやつだ。
感傷に浸ろうかと思った矢先に、これではそんな暇もない。頭の隅でメフィストさんの言葉が存在感を放っているが、今はそれを忘れることにするしかないようだ。

「皆さん、少しは反省しましたか」
「な…なんで俺らまで」
「連帯責任ってやつです。この合宿の目的は“学力強化”ともう一つ、“塾生同士の交友を深める”っていうのもあるんですよ」

とても同い年に見えない雪男くんは、やっぱり同い年には見えなかった。教師の口ぶりだ。いや、教師だけど。

「こんな奴らと馴れ合いなんてゴメンよ…!」
「コイツ…!」
「馴れ合ってもらわなければ困る。祓魔師は一人では闘えない!お互いの特性を活かし欠点は補い、二人以上の班で闘うのが基本です。実戦になれば戦闘中の仲間割れは、こんな罰とは比べものにならない連帯責任を負わされる事になる。そこをよく考えてください」

つらつらと説教をする雪男くん。神木さんや勝呂くんはひどくバツが悪そうな顔をしていた。確かにこのメンバーはあんまり協調性がないなあ。

ふと、徐に雪男くんは時計を見た。

「…では、僕は今から三時間ほど小さな任務で外します」
「!?」「えっ」
「…ですが、昨日の屍の件もあるので、念のためこの寮全ての外に繋がる出入り口に施錠し、強力な魔除けを施しておきます」
「施錠って……、俺ら外にどうやって出るんスか」
「出る必要はない」

ぴしゃりと冷たく言い放たれ、一同はたじろぐ。そんな一同を安心させるかのように(しかししっかり不安感を残すように)雪男くんは素敵なスマイルを浮かべた。

「僕が戻るまで三時間、皆で仲良く頭を冷やしてください」

バタン。容赦無くドアは閉められた。

一同は暫時絶句したままだったが、ようやく雪男くんの言葉を理解したのか口々に文句を言い始めた。

「三時間…!鬼か…!?」
「う…」
「もう限界や……。お前とあの先生、ほんま血ィつなごうとるんか」
「…ほ…本当はいい奴なんだ。…きっとそうだ」
「今は完璧に先生モードだね」

苦笑いをもらしながらそう言ってみせたものの、私も今の状況を見直してみるとそりゃあ苦行同然だった。三時間もこれを載せて正座とか…、地獄だ。スパルタだ。

それだけでも辛いというのに、

「つーか、誰かさんのせいでエラいめぇや」
「坊…」
「は?アンタだってあたしの胸ぐらつかんだでしょ!?」
「頭冷やせいわれたばっかやのに……」
「先にケンカ売ってきたんはそっちやろ!」
「…また微妙に俺をはさんでケンカするな!」

このふたりはまた喧嘩を始めるし。

なんなんだこの人達。そんなに喧嘩したいなら余所でお願いしたい。私たちはこんな苦行を強いられていて、精神的余裕もない。私はなおのこと余裕がない。……、ああもう。

「やんなっちゃうね、杜山さん」
「えっ、あっ、そ、そうだね!でも雪ちゃんも何か考えてのことだと思うから…」
「杜山さんはやさしいなあ」
「そ、そうかな、えへへ」

オアシスに救援を求めながら、喧嘩の行く末を眺めるほかなかった。他の人たちもほぼ静観している。

「…ほんま、性格悪い女やな」
「フン、そんなの自覚済よ。それが何!?」

「そんなんやと周りの人間逃げてくえ」
「…………!!」

おっ、黙った。あんなに強気だった神木さんが口を閉じている。図星なのだろうか。さっきみたいな乱闘にならないのなら、何でもいいか。

そんなことを思っていると、急に部屋が真っ暗になった。

「…ええ、っ?」

ざわめきと同時に、ある予感が脳裏を霞める。

もしかして、これって、



mae ato
modoru