43:アイルリグレット
午前中は授業がないそうなので、私は急いでメフィストさんの所へ行った。急いでとか言ったが、あの魔法の鍵でひとっ飛びだ。
メフィストさんは特に驚いた様子も見せないで紅茶を準備し始めた。
「すぐ帰りますので」
「ゆっくりして行ってください」
「遠慮します。それよりちょっと」
「何でしょう」
私は予備のダガーナイフを取り出し、デスクに置いた。それを見、首を傾げるメフィストさん。
「これ、元は誰かのものだったんですか」
「いえ、それは新しく作ったものですよ」
「ではこれと同じ種類のものを誰かが使っていたんですか」
「……、そうですが、何故それを尋ねるんです?」
「さっき奥村雪男に言われました」
ちくしょう、やっぱりか。やっと疑惑が晴れたと思ったら、また次の問題が出現する。止め処ないな。
メフィストさんは特に隠す気もないのか、平然と口を開いた。
「それは前聖騎士だった藤本獅郎が使っていたものと同じ形状をしています」
「前、聖騎士…」
そんな人の物と同じなくらいで、なんで尋ねられなくてはいけないんだろうか。憧れて同じものを使っているとか、そういう線があるのでは。
でも、あの表情は―――。
「どうやら、まだ“事件”についての調べは済んでいないようですね」
勝手に推理を始めていると、揶揄するような台詞が耳をついた。そういえば、
「…、忘れていました」
「その程度のことなんですか?」
「次から次へと問題が起こるから、暇がないだけです」
この調子で行くと、“事件”について調べるのが何年後とかになりそうだ。それは非常に困る。早めにその“事件”について知って、その元凶の顔をおがんでおかないと。
あ、そうだ。
「メフィストさん、監視の報酬として“事件”について教えてください」
「…なるほど、考えましたね」
「タダでやらせようとか、考えてはいなかったんでしょう」
「まあ、そうですが。良いでしょう、報酬として情報を提供します」
「やった」
これでひとつ問題が減った。
それで、それで私は事件について調べがついたら何をする?元凶の顔をおがんでどうする?怒りに任せてその者の頬を打つ?その程度で済ませるはずがない。
じゃあ、悪魔だったら倒してしまおうか。人間だったら、―――大丈夫、そんなことはしない。いくらオブリビオンがいるからといって、そんなことは、しない。
それならば、
「復讐は、何も生みませんよ」
ぽつりとメフィストさんが零した。私は思いっきり顔を顰め、「はァ?」と口を開く。それに対し、苦笑い。
「訂正しましょう。復讐は復讐しか生みません。貴女はそうして、自分の復讐のために他人を犠牲にしていくのです。そんなことをして、後悔はしませんか?」
「メフィストさんがそれを言うんですか」
「私を赤の他人だと思って聞いてください。
貴女は他人によって不幸な目に遭った、そしてそれを連鎖させていくかのように他人へ復讐をする。そんなことをして、後悔はしないんですね」
確認するように言葉を繰り返す。
―――後悔?そんなもの、お父さんやお母さんのためだ。するわけ、
「自分は元凶の人物を恨んでいるのに、ですか?」
まるで私が考えていることを分かっていたかのように尋ねられた。言葉が詰まる。
「元凶の人物だって貴女と同じ境遇だったのかもしれませんよ。“不本意ながら”そうなってしまったのかもしれない。貴女は元凶となった人物と同じことを繰り返そうとしているだけです」
私がすることは、私と同じ人を生むのと同じことなのか。
そうして止め処なく連鎖していき、恨みは蓄積され、復讐は繰り返される。
その、ひとりに。
「……もう行きなさい。授業が始まりますよ」
少しだけ呆れたように聞こえるその声に、私は力無く頷いた。