39:一難去ってまた一難



雪男くんの到着により、なんとか屍番犬は退いた。朴さんの火傷は、杜山さんの使い魔のおかげで応急処置が完了したようである。

一件落着のこの空気に則り、私は静かに立ち去ろうと思った。けれども、身体が動かないのではどうしようもない。
雪男くんが杜山さんの処置の評価をしているのはいいが、早くこっちに来てほしい。ヘルプ。

そんな様子の私に気付いたのは、遅れてやって来た一行のひとりである三輪くんだった。

「杉さん!!」
「あっ、」
「忘れてた、やっべ」

よし、燐くんは後でシメる。駆け寄って来た勝呂くん、志摩くん、三輪くんが天使に見えた。

「うっわ、この壁、まさかまひるちゃん…」
「あ、はは、ちょ、っと、あれに殴られた」
「大丈夫なんか手前」
「わりと……」
「でも、顔色がよくありませんよ。早よ手当てせんと」
「うん、立てるかな」

「杉さん、そのまま動かないでください」
「…お、奥村先生」

会話を成立させていると、雪男くんがすごい形相でこちらを見下ろしていた。
えっ、怖い。

「勝呂くんは朴さんをお願いします。杉さんは僕が運びますので」
「俺がやってもええですよ、先生」
「お断りします」
「ちぇー」

なんで、雪男くんが私を。途中で落とされでもしたら、今回は確実に折れる。
これは拒否しなくては…!

「だ、大丈夫です!立てま、うッ」
「黙って手を借りたらどうですか」
「……、お願い、します」

いつもより冷たい言い方に、従わざるを得なかった。羞恥に顔が赤くなる。

そっと雪男くんの手が脇腹の方に触れた途端、脇腹を発信源に痛みが脳へと駆け抜けた。

「っ、あ、いった、い゛ッ!」
「! こ、これは!」

そして、私も雪男くんもやっと気付いた。





脇腹に、火傷を負っている。

気付くと同時に、急に眩暈がしてきた。

「しえみさん!蘆薈を!」
「えっ、は、はい!」

殴られたときに少量だが体液を被ってしまったのだろう。少しだったために、体液が肌に到達するのが朴さんよりも少しだけ遅かった。
雪男くんが蘆薈を肌に押し当てるのを見ながら考える。

「どうして早く気付かなかったんですか…!」
「少しだったからですかね…、あっ、気持ち悪い」
「吐かないでくださいよ。とりあえず、貴女は先に手当てをしないと」
「すみません…」




雪男くんは一同に指示をしてしまうと、すぐに私を抱えて脱衣場を飛び出した。

大丈夫だとか思っていたのは、勝手な勘違いだったようだ。こんなのでは、メフィストさんに笑われる。

「すみません、奥村先生。重いでしょう」
「重くありません。他人の心配をする暇があるなら、自分にもっと気を遣ってください」
「すみませ、」

あ、意識が、朦朧としてきた。もう眠っても良いかなあ。





結局燐くんは炎を出さずに済んだし、バレることもなかったし、屍番犬も撤退した。
あれはネイガウス先生の使い魔だというのは、間違っていない。絶対。

あれ、そういえばこれは候補生認定試験だったのか?それとも燐くんの本気にさせる試練だったのか?

一同が揃ったのは雪男くんの到着後だった。それに、教員が居ては試験にならないだろう。応戦も、していたのだ。

では試験という線は消えるが、燐くんを本気にさせるとしては観客が居た。





つまり、これは一体、

「杉さん?」




まだまだ私は知らないことが多すぎる。メフィストさんに、問い詰めないと。



そこまで考え、意地で引き止めていた意識を手放した。





mae ato
modoru