38:適切なものを選びなさい
感傷に浸る脳内で響いた、朴さんの、悲鳴。
「えっ、ちょ、なっ」
その直後に聞こえる、何かが落ちる音。ツンと鼻が痛くなる腐臭。
これは、間違いなく、
「屍番犬だ!」
「!! あ、あんた居たの…?」
その質問が胸に刺さった。気付かれて、いなかったようだ。
って、そんなことに構っている暇はない。
「出雲さん、朴さんの火傷早く治療しないと!」
「わ、分かっているわよそんなの…」
「とりあえず使い魔出して!」
メフィストさん、認定試験はみんなが揃ったところでとか言ったくせに、あの野郎騙しやがった。
とりあえずで持ってきていたダガーナイフはたったの二本しかないのに。そんな、いつも常備なんかしている筈がない。
倒れこんだ朴さんの前に立ち、なんとか屍番犬にダガーを一本命中させた。
よっし、顔に刺さった。これなら、
〈ボオ、グルオオオオ〉
「っ、うっそ」
しかしそんな攻撃は子ども騙しにもならなかった。
屍番犬はすぐにその長い腕を振り上げ、
「きゃああああ!!」
「っ、」
私の身体をなぎ払った。
その衝撃に耐え切れず、私は脱衣場の壁に突っ込む。
手加減したのか知らないが、脱衣場の壁が少しへこんだ位で済んだ。いや、私は重傷だが。
視界は霞み、呼吸をするのが辛いけれども、なんとか事の成り行きを見ようと屍番犬の方を見る。薄れゆく意識は意地で留めた。
現状を的確に判断し、出雲さんがすぐに白狐二体を召喚してくれた。よし、出雲さんなら、きっと倒せる筈だ。
―――だが、その予想は外れ、何故かあのいつも強気な表情が崩れた。何かあったのだろうか。
途端に白狐二体は矛先を変えて出雲さんへ飛びかかる。おいおい何やってんだお前ら。
そんな危機一髪なこの状況に、やっと登場する正義のヒーロー。
「紙を破け!」
「!?」
「紙!」
奥村燐くんであった。
女子の風呂に躊躇いなく入って来たのは彼の人柄なのだろう。ピンチに、破廉恥なことは関係ないのだ。しかし、出雲さんは下着姿だぞ。
それを咎めるのは後回しにして、まずは屍番犬だ。
待てよ。
此処に燐くんが登場したということは、彼を本気にさせる試練だろうか。もしそうならば、バラさないとか言っていたのはきっと嘘になるんだろう。
この場に何も知らない塾生は二人も、
「燐!」
「お前!?」
―――三人も居る。
とりあえず彼の意志がある内は剣を抜くことはないだろう。よし、今の内に三人を撤退させないと。
「!! 朴さん!それに、杉さんも!!」
良かった、気付いてくれた。これで無視は辛い。杜山さんは泣きそうな顔をキリッと引き締めこちらに駆け出した。
「燐!朴さんと杉さんを手当てしてる間…、悪魔を引きつけて」
「はぁ?」
賢いな杜山さん。
まずは私の方に向かってきたので、それを断るべくなんとか手を上げて振った。
「私は平気、だから…。朴さんのが、ひど、ゲホ、ゴホッ」
「杉さん!」
「は、やく、朴さん、を…!」
「…、うん!」
私の意思をなんとか理解してもらい、杜山さんは朴さんの身体を仰向きにする。これで二人は朴さんの手当てに集中するだろう。
私は、これを見届けなくては。―――青い炎が出る前に、止めなくては。
ダガーはまだ、一本ある。
倒れてよく見えないので、私はへこんだ壁に手を付き、やっとのことで起き上がった。
悔しいが、メフィストさんのハードな特訓のおかげで身体的ダメージはそれほど重くはなかった。呼吸が苦しいのも、もう治りかけている。少しだけ痛むのと、気分が悪いだけだ。
壁にもたれて、押し倒された燐くんを見た。
―――って、あ、降魔剣に手を、かけ、
「兄さん!!」
雪男くんの声と、銃声と、私がダガーを投げたのはほぼ同時だった。