37:瞳を閉じる



これから合宿と考えると、少し憂鬱だった。

目の腫れは引いたものの、頭が少しばかり痛む。泣いた覚えはないのに、涙の跡があるとは。
メフィストさんは夢の所為だとか言っていたが、その夢も思い出せない。
原因不明の涙、か。

再度鏡を確認し、合宿が実施される旧男子寮の入口付近のドアへと移動した(もちろん鍵を使って)。
様子を窺いながら寮の前に行くと、奥村兄弟が入口で並んでいた。それに近付いていく。

「おはようございます」
「おっす」「おはようございます」
「あれ、他のメンバーは?」
「後から来ると思うよ」
「仲間外れですか?」
「違います」

哀れんだ目で雪男くんが尋ねてきたので、真顔で否定してやった。
みんな一度に来るとか、そんなことないだろうに。まさかね。

「いやー、まひるが掃除してくれていたおかげで助かったな」
「それは良かった。外装は相変わらずおどろおどろしいけどね」
「それは仕様が無ェだろ」

そんな話をしていると、雪男くんが「あ、来たね」と呟いた。見れば、一同が一斉に来ている。
え、待ち合わせでもしていたのだろうか。これは確実にハブだと思われる…!そんなことを思っていると、案の定雪男くんが鼻で笑った。

「うわ、なんやコレ。幽霊ホテルみたいや!」「おはようございます」
「ヤダ、なにココ気味悪〜い!…もうちょっとマシなとこないの?―――あ、コレお願い」「うん」

口々に述べる感想(一部違うのも混じっていたが)に、苦笑いが漏れる。こんな気味の悪い所に住んでいるお二人が若干かわいそうだ。

中へ入るよう促されたので、私も列に続いていく。
朴さんと杜山さんが何やら話していたが、関係ないだろうとスルーすることにした。おそらく出雲さん関連だろうけれど。








「…はい、終了。プリントを裏にして回してください。
 今日はここまで。明日は6時起床。登校するまでの1時間、答案の質疑応答やります」

やっと終わった!疲れた!
歓喜の声が喉まで出掛かったが、意地で止める。ひとりだけ騒ぐのは浮くからね。

ずっと座っていたので、直ぐに立ち上がって伸びをした。
さて、これからは自由行動だったような。どうしようかな、コンビニに行きたい。

「朴、お風呂入りにいこっ」
「うん……」
「お風呂!私も!」

「…あ、」

そうだった。風呂があった。遅くに入っても良いだろうが、やはりみんなと入った方が良いのかもしれない。
しかし、高校一年生にもなって他の女子と風呂は出来るだけ入りたくない。いや、裸とかってわりと恥ずかしい。

などと思っているとひとり取り残され、また雪男くんにハブだと思われるかもしれないので慌てて三人を追った。





風呂場に着くと、出雲さんと杜山さんが何かしていた。が、無視。
すぐに脱衣場へ入る。朴さんたちも居るようなので、黙って端の棚を使うことにした。

「だってあたし、あんたに裸みられたくないんだもん。そういうの、友達なんだから判ってよ」

服を脱ごうとした瞬間、そんな言葉が耳に飛びこんできた。これは出雲さんの声に違いない。

それは、ちょっと酷いんじゃなかろうか。私が口出しして良い問題じゃないかもしれないが、黙ってはいられない。

「あ、でもずっと待たすのも悪いからフルーツ牛乳買ってきて。お風呂あがったら飲みたいから」
「うん」

少しだけ元気が失われた返事。それを終いにドアは閉められる。

これは、やっぱり杜山さんの所へ行くべきだ。そう頭では理解しているのに、中々行動に移せない。
どうせ杜山さんは「友達だもん」で片付けてしまいそうな、そうして追いかけたのが無意味であったかのような態度を見せるのだろうと、別な思考が言っている。

どう、しよう。

「おい!」

迷っている内に、外から燐くんの声が聞こえてきた。あいつ、覗きに来たついでに杜山さんを慰めるのか。

脱衣場の壁にもたれかかり、服の裾をぎゅっと掴んだ。
行きそびれたことに対する後悔と、少しばかりの安堵が心の中で渦巻いていた。

「あーあ、もう、」

杜山さんを説得する燐くんの声が、今まで彼女のことを気にかけなかった私を責めているような気がして、耳を塞ぎたくなった。





mae ato
modoru