34:序章は終わりだ。そうして物語が始まる。
悪魔は以前のように黒い液体を被ってはいなかった。おかげで、リュックの中は無事である。
私は悪魔を腕から引き剥がし、ベッドへ下ろした。気味の悪い姿は、もう慣れた。
「何て、言った」
〈オブリビオン、ワタシ、オブリビオン〉
「なんで喋れるの」
〈アナタ、望ンダ、ワタシ、喋ル〉
「望んだ?
……あ、こ、この声、みんなには聞こえるの」
〈聞コエナイ〉
「どうして」
〈アナタ、創造者、聞コエル。ミンナ、創造者、違ウ〉
「…創造者?」
私が望んだことにより喋れるようになった?それは私が“創造者”だから?だから、声を聞くことが出来る?
意味が、分からない。“創造者”って、一体、
〈アナタ、悪魔、創ル、可能。アナタ、望ム、全テノ、悪魔、創ル、可能〉
「……は、」
悪魔はつらつらと言葉を並べた。その言葉に耳を疑うことしか出来なかった。
私が、悪魔を創ることが、出来るだなんて。そんなはず、ない。
「じゃあ、例えば、あなたの姿を変えようと思えば出来るの?」
〈可能〉
「……じゃあ、こんな姿」
私は自分の携帯のうさぎのストラップを指差した。悪魔はじっとそれを見つめ、ぐちゃりと真っ黒な液体へと変化した。
思わず目を見開く。先程まで毛も生えて、しっかり鼻や目や口もあったのに、いきなり液体に。
そして、その液体から再び獣の手が伸びてきた。液体から出て来たのは、確かにうさぎのストラップと類似した獣だった。
ほ、本当に、悪魔が、私の望んだ通りに、なった。
「う、嘘だ」
〈嘘、違ウ〉
「じゃあ、私が、オブリビオンが本当にいたらいいのにと思ったから、あなたは生まれたわけなの……?」
〈肯定〉
オブリビオンは分かりやすく首肯した。
これは、私が異世界人だから、なのだろうか。それにしては、異質な能力だ。
ああ、でも、これで、
「記憶を消せる、わけか」
先程よりも大分可愛らしくなった悪魔――オブリビオンの躯の黒い液体を、毛布の濡れていない部分で拭いてあげる。
苦笑と、涙が零れてきた。
「何処までも、私は最低だ」
二人の記憶を消して、自分を守る。憎まれないように、嫌われないように、罪から逃れられるように。
「オブリビオン、あなたはひとりしか居ないの?」
〈望メバ、多ク、望メバ、少ナク〉
「望めば、消えるの?」
〈肯定〉
「分かった。じゃあ、しばらく物質界に居て」
〈御意〉
こうなったら、落ちるところまで落ちてやろう。
私はオブリビオンを召喚した紙とは違う紙に血液を落とした。
現在の時刻は、午前四時三十分過ぎ。まだ、間に合う。
「……ドラえもんの、通り抜けフープみたいな役割を持つ悪魔が、居ればいいのに」
私は、全てから逃げるんだ。