32:罰


「お母さん!お父さん!」

気が付くと、市民病院の入口に居た。
気が付くと、お父さんとお母さんが立っていた。
気が付くと、二人を呼んで駆け出していた。二人が抱き締めてくれることを期待して。


でも、期待は見事に外れた。


パシン。渇いた音と、じんわりと頬に感じる痛み。

頬を、叩かれた。お母さんに。

呆然としながら、お母さんを見る。お母さんの目は、怒りと哀しみが入り混じっていた。

「まひる、貴女の所為で、私達はこんなことになったのよ!?」

お母さんの言葉に、目を見張った。

どういう、こと。

「い、いや、そんな、ちが、」
「何が違うんだ!お前が、悪魔と手を結んでいたんだろう!」

ヒュウと、喉を冷たい空気が通過する。

「違う!そんなことしていない!」
「じゃあこれはなんだ!?」

憤怒で顔を真っ赤にしたお父さんが突きつけてきた写真を、私はゆっくりピントを合わせて覗きこむ。

そこには、メフィストさんと私が映っていた。もう一枚には、お父さんとお母さんが倒れこんでいる傍でアマイモンと話す、私が。


いつ、こんなものが撮られていたのだ。あの状況で。


「先程正十字騎士團の方が来て話してくださったんだ。娘のお前が悪魔と手を組んで、俺達を殺そうとしていたのではないかって」
「そんなことする筈ない!違う、メフィストさんが、私を祓魔師にさせるために、悪魔を憎ませるためにこんなことをしたの!
 こんなことになるって分かっていたら、私は直ぐに祓魔師になるって言っていた!」


「じゃあ、どうして、いま悪魔と生活をしているの…?」


お母さんが震えた声で尋ねた。その頬に、涙が伝っている。

私は一瞬言葉を失った。

「っ、私には、身寄りがないから、祓魔塾で祓魔師になって、お父さんとお母さんをこんな目に遭わせた悪魔に復讐しようって、」
「身寄りがない?正十字学園の寮で生活するようになっていたじゃないか」
「そ、う、だけど、」
「自分の意思で、悪魔の言いなりになっているんだろう」

今度こそ、言葉を失った。反論することが、出来ない。


確かに私は悪魔――メフィストさんの言いなりになって、共に生活し、彼の命令も従順に遂行している。

いつだって逃げ出せた。逃げ出しても、恐らく彼が私を追い掛けて来ないことも分かっていた。きっと呆れて、また新たな“玩具”に手を伸ばすことが分かっていた。

それでも、私は彼と共に居続けていた。―――何故?


―――何時の間にか、メフィストさんに心を許していた。彼は容易に私の心の隙間に入り込み、逃げ出せないようにしていた。

そうして私もそれを受け入れていた。


なんて、ことを、していたのか。


「何も言わないんだな」
「まひるは、そんなことする子じゃないって、思っていたのに」
「そんなに俺たちに死んでほしかったのか」
「ち、が、」

「もう、貴女なんて」「もう、お前なんて」

やめて。そんな目をしないで。
やめて。言わないで。それだけは。

独りにしないで。私は、二人の、




「娘じゃない」「娘じゃない」




何かが割れる、音が響いた。



mae ato
modoru