31:罪
「それで、私に言いたいことはなんですか」
「ほんとうに察しがよろしいですねえ」
部屋に戻れば紅茶はまた新しく注がれていて、湯気が立っていた。
これは、もう少し話すというサインに違いない。そう思って、尋ねたのである。案の定予想は当たった。
「先程お話したのは随分と表面的な話ですよ。彼の力量を把握するのはもちろんのことですが、まずは彼を“悪魔”としてきちんと目覚めさせなくては」
「…今はまだ人間味があるからいけないと?」
「そういうことです」
人間味を失くすつもりなのか。それでは、ただの悪魔に成り下がるのではないか。
そんなことをしてしまっては、先程まで生かす意味がなくなるなどと言っていたくせに。
「それって、悪魔そのものにするということですか」
「そうですね。悪魔の力に呑まれる、といった方が正しいでしょうか」
「周囲にバラすつもりですか」
「それは未だ先の話です。もう少し経ってから、しっかり明らかにしようかと」
「徹底するということですか」
「念には念を入れて実行した方がよろしいでしょう?」
「さすが悪魔ですね。しかしそうしては、生かす意味がなくなるのでは」
「彼に欠けているものは、“抑制する力”です。悪魔の力を抑制することが出来ないために今まで周囲の人間に忌み嫌われ、現在でも咄嗟の反応で炎を出してしまっています。
いずれ発覚するそのときまであのままでは、騎士團も彼を“武器”にしようとしません」
なるほど。そういうことか。私は納得し、背もたれに背を預けた。
メフィストさんによれば今までも周囲の人間に忌み嫌われていたのだ。魔神の落胤であると周知の事実なれば、再び彼の周りには人が居なくなるだろう。塾生も、無論だ。
そうなるのは彼が最も避けたいことだろう。友人が居ないのは、独りなのは辛いのだ。それゆえに杜山さんを気に掛けているのだろう。
そうなる前に、彼は抑制しなくてはならない。魔神の炎を。そうするべく、一度は本気にして、己の力量を知らねばならない。
紅茶を飲んで一息吐く。
さすが、正十字騎士團の名誉騎士かつ悪魔だ。計画を徹底し、愉しんでいる。
「それで、ネイガウス先生が本気にさせるべく駆り出されたと」
「ええ。そこで貴女にはその監視を行っていただきたい」
「監視、ですか」
「彼はああ見えて、私的な感情を表に出しやすい方です。奥村燐の言動によって、途中で断念するかもしれない。
きちんと“本気”に出来たかどうか、見ていてほしいんです」
「はあ、でも本気になれば誰も止められないと思われるので、周囲に感づかれるかもしれませんよ」
「本気になりましたら、直ぐに連絡をしてください」
「出来たらします」
「絶対に、ですよ。
まあ、貴女は無能ではないと期待していますから」
「出来なかったら無能だと」
「よくお分かりで」
無能と蔑まれるのは避けたい。意地でも携帯を持っておこう。
「もし失敗すれば、そのままネイガウス先生をこちらに連れて来てください。もちろん、彼らに気付かれないように」
「分かりました」
「お願いします」
「……」
「どうかしましたか?」
首肯してじっと見ていれば、メフィストさんは首を傾げる。
―――こいつは、悪魔、なのだ。
「失敗した場合には、ネイガウス先生を殺すんですか」
平気で人を殺そうとする悪魔なら、やりかねない。
睨みつつ尋ねれば、メフィストさんは喉を震わせた。
「ク、そんなこと、しませんよ。そんなに簡単に殺すような真似しませんから」
「嘘吐き」
「本当ですよ。貴女のときは急いでいましたから」
ギチリ、とカップが鳴る。
「此方で起きた“事件”の後処理に追われていたんです。止むを得なしですよ」
「あっそうですか。では失礼します」
メフィストさんに顔を見られないように俯いて立ち上がって、鞄を手に取った。
「私情に腹を立てるのは構いませんが、きちんと仕事はしてくださいね」
皮肉の如くそう言った悪魔に私は背を向ける。
「分かっています」
「…良い子ですねえ」
腹立たしくてならなかった。