30:いきなり!家庭訪問!


とうとう合宿がやって来てしまった。

明日から、あの頑張って掃除をした旧男子寮に行かねばならない(掃除が終わったその後も、定期的に掃除をしに行っていたのでちゃんと綺麗である)。

準備をしなくてはと、塾を終えて帰宅すると、

「……え、ええええ」
「おや、おかえりなさい」
「…杉、まひるか?」
「ええ、そうですよ」

メフィストさんと、あの魔印の講師――イゴール・ネイガウス先生が居た。

「何故、杉がここに」

それはこっちの台詞だ。何故、いる。

「彼女はわけあって此処で生活していますから」
「……そうか」

なに普通に喋っているんだメフィストさん。

私は軽く会釈して、そのまま去ろうと試みる。が、パチンという音と同時に扉がしっかりと閉められた。ちくしょう。

「何かあるんですかメフィストさん…」
「どうせなら貴女にも話を聞いてもらおうと思いまして」
「何の話ですか」
「明日からの合宿の話ですよ」
「……ちっ」

どうせ逃げられはしないことは分かっているため、私は渋々ネイガウス先生の隣にある椅子へと腰掛ける。すぐさま紅茶が置かれた。鞄を下ろしていると、メフィストさんとネイガウス先生は話を再開した。

「そういうわけで割と本気で、いや、殺す気でやってください」
「…良いのか」
「ええ、もちろん」

「何の物騒な話ですか」
「奥村燐の話ですよ」
「出た、まただ」

最近のメフィストさんのブームは「奥村燐」だ。燐くんが魔神の息子だからか、ひたすら彼に構う。かわいそうな燐くん。

「奥村燐の能力をより正確に把握するんです。彼は正十字騎士團の“武器”として養育しなければ、生かしておく意味がありません。むしろ、殺さねばならなくなりますから」
「はあ、それで候補生の認定試験と称して彼の力量を測ろうとするべく、ネイガウス先生に依頼しているわけですか」
「物分りがよくて助かります」
「……」

なんだかひどく燐くんの友達で居ることが申し訳なくなってきた。
恐ろしい計画を企てているのを知っているにも関わらず、平然とお友達ごっこをしているのだ。これが分かってしまえば、きっと彼らは私を軽蔑するだろう。
そう考えると、胸がキリリと痛んだ。

「話は以上です。頼みましたよ、ネイガウス先生」
「…分かった」
「では、まひるさん、お見送りを」
「はいはい」

“見送り”なんて名ばかりだ。ネイガウス先生が私に質問をするのを分かっての行動だ。

諦めてネイガウス先生の半歩前を歩く。扉を閉めてしまえば、早速ネイガウス先生は口を開いた。

「奥村燐の素性を知っているんだな」
「まあ、メフィストさんと生活をしていますので」
「何故塾に居る」
「それ、二回目です。祓魔師になるのが目的ですってば。奥村燐は特に関係がありません。
 塾に入ったら、奥村燐がいた。それだけです」
「……、そうか」
「あと、間違ってもメフィストさんと何か関係があるなんて思わないでください。私は奴が大っ嫌いですので」
「それならば、何故一緒に居るんだ」
「成り行きです。出来ればお世話なんか、なりたくありません」
「変な奴だな」

口を尖らせて言えば、ネイガウス先生は少しだけ口元を上げた。良かった。この人はメフィストさんのような人じゃない。

出口の扉の前でいきなり立ち止まられたので、私も歩みを止める。

「ここで良い。わざわざすまなかったな」
「いえ。じゃあ、失礼します」
「ああ……」

重そうな扉を開け、ネイガウス先生はもう一度だけ振り返ってから扉を閉めた。

その表情は、何処か心配そうで。

なんだろうと首を傾げたが、思い当たる節は何一つなかった。



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