29:お友だちの定義



そうしてその日から、杜山さんは出雲さんのパシリとなった。っぽい、多分。

詳細は私も知らない。が、どうやら杜山さんが出雲さんに友達申請をしたところ、見事に認証されああなったらしい。
出雲さんはキャラが濃い人だと思っていたが、まさかあんなことをするとは。典型的なお嬢様キャラである。

「なんでしえみはまろまゆに言ったんだろうな…」
「まろまゆって、」
「まひるだったら、ああしないだろ」

私は苦笑いを返す。

燐くんに神妙な面持ちで相談をされたので聞いてみれば、冒頭と同様の内容だった。塾内で唯一の話し相手だった燐くんとしては、やはり杜山さんが心配らしい。友達思いである。

「杜山さんって、照れ屋なんだね」
「ひどい人見知りなんだとよ」
「へえ」
「学校にも行ってなかったらしいし」
「そうなんだ、道理で着物なわけだ」

「ああああもう!なあ、まひるから見てもあれはパシリだろ?」
「あは、はははは…」

否定は出来ないのでしない。荷物を持たせたり、ジュースを買ってこさせたり…。ベタなパシリ方法にはちがいない。

「あ、噂をすれば。杜山さんだよ」
「燐―!」
「おっ、まろまゆは居ないみたいだな」

入口の方を指差せば、杜山さんがパタパタとこちらへ駆けて来た。出雲さんの“お友達”となってからは、大分明るくなったようである。
喜ばしい、と言い切れない複雑な心境だ。

「あっ、あ!えと、杉さんと、話してたの?」
「おう」
「こんにちは、杜山さん」
「ここここ、こんにちは!!」

顔を真っ赤にして挨拶を返される。本当に人見知りのようだ。頭の上に常時載っている緑男の幼生が、「ニーッ」と鳴いて片腕を上げた。かわいい。

「かわいいねー、その緑男」
「ニ、ニーちゃんって、いうの!」
「へえ、ニーちゃん?」
「ニーッ!」

手を親指と人差し指で握って振れば、握手と受け取ってもらえたようだ。悪魔なのになんでこんなかわいいのだろうか。
もう一回そう言えば、杜山さんは嬉しそうに礼を述べた。

燐くんが穏やかに目を細めているのが視界のすみに映り、そちらを見るとニカッと明るく笑う。
本当に心配のようだ。燐くん、杜山さんのこと好きなんじゃないのかな。

けれども、そんなのどかな空間は長くは持たなかった。

「ちょっと!鹿子草とってきてくれたの?」

どどん、と現れなさったのは言うまでもなく出雲さんである。後ろから、出雲さんといつも一緒に居る女の子が追い掛けて来て困った表情で「い、出雲ちゃん!」と遠慮がちに言う。彼女の名前も覚えなくては。

「あ、うん!はい、これ朴さんの分もあるよ」
「ふん、当たり前じゃない」
「出雲ちゃん…。ありがとう、杜山さん」
「ううん!そうだ、余分に取って来たから燐と杉さんにもあげるねー」
「あ、ああ…。サンキュ…」
「ありがとう。まだ取ってきてなかったから、助かった」
「そそそそんな!ちょっといっぱい取っちゃっただけだから…」

用が済んだのか、出雲さんと朴さん(杜山さんが言ってたから多分)は足早に席へと行ってしまった。
なんて女の子であろうか。あまりの出雲さんの態度に私は唖然とする。

「…杜山さん、楽しい?」
「えっ、なにが?」
「…いや、まあ、い、っかな」

キョトンとする杜山さんの表情に、何も言えなくなってしまった。

まあ、私が口を出す問題でもないだろうから、良いかな…。いや、良くはないんだけど…。独りじゃないなら、いい、かな。

「あっ、授業始まるから席に着かなくちゃ!」

素直に笑う彼女に、燐くんの心配する心境がやっと理解できた。

「たしかに、あんな素直な子だったら、詐欺に引っかかりそうだもんね」
「いや、詐欺じゃねえぞ」
「分かってるよ」



mae ato
modoru