25:よいゆめを





「まひるさん、夕食の準備が出来ましたよ」
「…、…」

日が暮れるまで剣を振るった後、まひるは風呂へと追い出された。それから夕食にしようかと、メフィストは仕事場としている部屋へと向かったわけである。
彼女の名を呼ぶが、返答はない。確かにソファに座っているというのに。

無視をされたのかと思い、わざとらしく足音を立てて彼女の目の前まで歩いた。そうして、未だに声を発さない少女の顔を覗きこむ。

―――成程。少女の目は硬く閉ざされていた。

「……全く、仕様の無い人ですね」

溜息と共に吐き出された言葉。メフィストはピンク色の携帯電話を取り出し、手短に用件を伝えた。
携帯を懐に戻すと、同じくピンク色のドライヤーを何処からともなく取り出した。スイッチを入れ、濡れた彼女の髪に温風を吹き当てる。こうしていれば、起きるだろうと思ったゆえだ。
しかし、彼女の瞼は一向に持ち上がらなかった。すやすやと寝息を立て、気持ちよさそうに小声を漏らす。

とうとう髪の毛を乾かし終えてしまった。乱れた髪を整えていると、猫のごとくメフィストの手に頬を寄せた。
思わず可愛らしいと思ってしまったのは、すぐに忘れることとしよう。

メフィストは二度目の溜息を落とし、まひるの身体を抱き上げた。平均的かと思われたその体型は、予想以上に軽く細かった。
そのまま、自室の隣にある彼女の部屋へと運ぶ。

まひるは知る由もないだろう。自身の仇が濡れた髪を乾かし、姫抱きをしてベッドまで運んだことなど。知れば、憎らしげに彼の顔を見て礼を述べるのだ。不満そうに。
予想がつくその様に、メフィストは思わず頬を緩ませる。

彼女が自分を感謝しつつ恨んでいることを、メフィストは知っていた。知っている上で世話を焼いていた。彼女本人でさえ気付いていない奥底に眠る心中を、メフィストは知っていたためだ。
しかし、彼女はまだ幼い高校生で、何も出来ない無知な娘なのだ。無知ゆえに、メフィストが自分を世話しているのは異世界の人間だからだと思っているのだ。

―――メフィストが、その程度のことでここまでする筈があるまい。

そのことに気付くのは果たしていつか。それを、彼は愉しみにしていた。そうとは知らないで穏やかに眠る少女の頭をそっと撫でる。

明日はおそらく合宿の要項が伝えられるのだろう。そうしてまた、彼女はメフィストのプランに載せられる。奥村雪男らに疑惑を抱かせ、それを深めてしまう破目となる。哀れな娘だ。

罪悪感など持っていない悪魔は、愉快そうに嗤いながら静かに扉を閉めた。

「グーテナハト(おやすみなさい)」




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