24:追憶の断片をあなたに




「っ、はあ、はッ、疲れ、た…」
「休んで良いなんて言っていませんよ。次は腹筋です」
「破裂しま、すっ」
「破裂したら私が元に戻してあげますからほら早く」
「ぎゃっ」

ランニングマシーンで一時間走らされ壁にもたれていると、メフィストさんの手によって倒された。
びたんと背中と床が密着し、ひりひりした。走ったばかりだと言うのに。

「もう、無理、ですっ」
「……あんまりそうしていると、何だか私が襲っているみたいじゃないですか」
「へ?」
「いいから早くしてください」
「あいだだだ傘で足を刺さないでくださいいいい」

そんなスパルタ教育はほぼ毎日行われている。身体の限界はとうに超えた。

そして、今日はこの“準備”運動の後に、―――




「どうぞ」
「ダガーナイフ、ですか」
「基本銃火器は遠距離戦に向いているので、刀剣は接近戦用にしようかと」
「騎士も竜騎士も取らせる気なんですね…」
「ご不満ですか?」
「いえ、有難く頂戴します」

まずは騎士からというつもりか、渡してきたのは二本のダガーナイフ。私は両利きではない。断じて違う。
取り敢えずは持ってみるが、やはり左手が安定しない。

ヒュ、と風を切る音が聞こえた。視界の隅で何かが素早く動く。私の顔の方へ向かって来ていると理解した途端、反射的にダガーナイフを振り上げた。
ギィン、と金属が擦れ合う音が響く。腕がびりりと痺れた。

「なかなか良い反応ですよ」
「不意打ちですか…」

メフィストさんの手には何時の間にかステッキを模した剣が握られていて、その刃は私の右手にあるダガーの刃と接触している。
何でも出来るんだなこの人。人じゃないが。

「まずは利き手から慣らしていきましょう」
「分かりました」

左手のダガーはどうしようかと思っていると、再びメフィストさんの剣が振り翳される。右手では間に合わないことを察知し、左手のダガーを取り敢えず当ててみた。
案の定、跳ね返され私の背後の壁に突き刺さる。これが狙いだったようだ。

「初めてにしては洞察力があるみたいですが、何かしていたんですか」
「特に何も」
「何かの特典ですかねえ」
「さあ、知りません」
「まあ良いでしょう。準備が出来ましたから、始めましょうか」

悪魔は意気揚々と剣を構える。
気が早過ぎるよ、まったく。溜息をひとつ落とした。

「お願いします」

私は明らかに初心者らしく、胸のところでダガーを握り締めた。




mae ato
modoru