22:I hate you very much!
そんなわけで、体育実技の時間となったわけである。
トップバッターを任されたのは、かの有名な坊くんと燐くん。二人とも全力疾走をして、蛙の悪魔もとい“蝦蟇”の先を突っ走っている。
悪魔に身体を慣らすための授業が、最早ただの徒競走となってしまっていた。壁に背を預け、遠めにそれを眺める。
坊くんが燐くんの背中を蹴り飛ばし、それでバランスを崩して倒れこんだところを蝦蟇が襲おうとした。しかし、体育実技担当の講師椿先生により蝦蟇の首輪に繋がれている鎖が引かれ、なんとか助かった。さて争いは止んだかと思えば、まだ二人は取っ組み合いをしている。椿先生の怒涛の叫びが響き渡った。
例の如く坊くんは志摩くんと坊主男子くんにより押さえられ、燐くんは椿先生により引き摺られる。そして、何故だか坊くんだけが呼び出された。一人残された燐くんは、志摩くん坊主男子くんと話している。
さて、説教も終わって授業が再開されるのかと思われた。が、それは違った。
椿先生の携帯が鳴り、何故だか休憩時間が設けられた。蝦蟇の説明をさっさとして、“子猫ちゃん”と叫びながら退室する椿先生。確実に、彼女の元へ急ぐ男の姿だ。あの駄目教師に思わず感嘆。
まあ、休憩となったのであれば、これを有効活用しない手はない。あの様子では暫く帰って来る様子もなさそうだ。確か、更衣室に聖書を置いてきたから取って来よう。
そう思い、出口へ向かうべく角を曲がると、
「!」
「げ、何しているんですか奥村先生…」
今会いたくない人ベスト3に入る人物、奥村雪男が居た。何故居る。
私をまじまじと見、そして嫌そうに顔を歪めた。失礼な人だ。
「貴女に教える義理はありません」
「そりゃそうですが、何か監視しているみたいで気味が悪いですよ」
「貴女こそ、奥村燐を監視しているのではないんですか」
「は?何ですかそれ、私はストーカーの趣味なんてありません」
「…何が、目的なんだ。貴女は」
「祓魔師になることが目的ですよ」
「それだけではないくせに…!」
鬱陶しくなり、私は躊躇いなく眉間に皺を寄せる。
「奥村先生が何を危惧しているか知りませんが、私は何も企んでいません。被害妄想でやたらと嫌悪感を剥き出しにするのやめてください」
「……貴女にそんな技量はないと思っていますが、《ゲボォオオオオオォ》…!」
彼の言葉の途中に、何かの鳴き声が耳を劈く。これは、蝦蟇の鳴き声。
雪男くんは銃を構え、私もそちらを見た。
ボム、と燐くんが蝦蟇に胴体を銜えられている最中だった。息を呑む音や、悲鳴が聞こえてくる。
「ちッ、これが狙いか!」
「ちがいます」
燐くんが鬼の形相で蝦蟇を睨みつけると、それに気圧されたように蝦蟇は素直に燐くんから離れた。
流石は悪魔で、更には魔神の子だけある。下級悪魔を熨すことなんて、容易いのだろう。
「…それじゃあ、私は失礼します」
「……」
雪男くんは何も言わずに銃を下ろした。聖書を取りに行くことは諦め、皆の居る所にそそくさと戻る。
何処に行っていたのだ大変だったんだぞと志摩くんに事の詳細を話されたのが、やたらと鬱陶しく思えた。
「…兄上、何だかボクの部屋からお菓子がごっそりと無くなっていたのですが」
「当然の処置だ」
「ボクが何かしましたか」
「忘れたとは言わせないぞ」
「……あ、もしかして、あの人間の子どものことですか」
「分かっているじゃないか」
「だって、口止めされませんでしたから」
「……」
「スミマセン、以後気をつけます」
「…はあ、もう良い」
「………ところで、兄上は実家には戻られないのですか?」―――。