21:日々草に





塾に到着し、いつもの席に座って聖書を取り出す。早速一頁目から、まずは熟読することにした。注釈の頁と本文の頁を行ったり来たりするのは、それはそれは面倒だが。

ドアの開けられる音が聴こえてきた。見てみれば、燐くんが先日入塾したばかりの杜山さんと教室に入って来た。
杜山さんとはやけに親しいが、彼女なのだろうか。席も隣に座っているし。視線に気付いたのか、燐くんが顔をこちらに向けて挨拶をしてきた。私も軽く手を振って挨拶を返す。
ついでにと言うか、彼にだけして彼女にしないのは不親切かと思われるので、杜山さんにも挨拶をした。すると、彼女は何故だか顔を真っ赤にして教室を出て行ってしまった。

―――この気持ちはなんだろう。

やり場のない左手を下ろし、聖書の頁を捲る。初対面のくせに馴れ馴れしいとかそういうことなのだろうか。いや、彼女はそんなことを言う筈がない。と、思う。
まあ、これ以上話す機会もないだろうと思うし、良いか。杜山さんを追いかける燐くんの足音を聞きながら、聖書に意識を集中させるべく首を振った。




教室内に漂う刺々しい空気。これを作り出しているのは、私の延長線上の席に座っている鶏冠頭の彼である。名前は知らない。志摩くんとあともう一人坊主の男子とよく一緒に居る。
彼は何故だか知らないが、燐くんに対して多大な嫌悪を抱いているようだ。授業中に寝ている彼に暴言を吐き捨て、更には舌打ちまでしていた。燐くんとは直接的な知り合いではないようなので、単なる逆恨み程度だろう。
なんだ、杜山さんが羨ましいのか。

そんなこんなで、悪魔薬学の時間となった。雪男くん、もとい奥村先生が最近行われた小テストの返却を開始する。実を言うと、あれ以来奥村雪男は私に直接的なことは実行していない。公私混同はしないようである。
ただ、奥村燐と話をしていると鋭い視線を向けてくるようになった。本気で警戒されている。迷惑だ。
掃除も毎日行ってはいるが、まず奥村雪男には遭遇しない。奴が帰ってくる気配がすると同時に私は適当な鍵穴に鍵を差し込むからだ。
それゆえ、塾以外で彼には会わないため、尋問は今のところない。これから先もないと良いが。

名前が呼ばれたので、私は教卓の方へと足を進めた。

「九十四点です。ケアレスミスが一問と、空欄が二問。惜しかったですね」
「…ありがとうございます」

まあ、問題はないだろう。九十点を超えたのだから。答案を見ながら、空欄部の答えを思い出してみる。
そうしているとどん、と肩に重いものが載った。私の次に返却された志摩くんが、肩に腕を載せてきている。

「すごいやないまひるちゃん、九十四点」
「志摩くんは、何点だった?」
「ごじゅーさん。坊が対策してくれとらんかったら、もっと低かったわ」
「ぼん?」
「坊」

誰だろうと思って首を傾げると、志摩くんはあの鶏冠頭の彼を指差した。彼は“坊”というのか。覚えておこう。
とか思っていたら、坊くんは燐くんと言い争っていた。あらま。

「志摩くん、止めた方が良いんじゃないの」
「えー、」
「えー、やありませんよ志摩さん!早よ止めてください!」
「もーう子猫さんはうるさいわぁ。じゃ、止めてくるなまひるちゃん」
「あ、うん」

坊主の子に叱られ、志摩くんは渋々坊くんを止めに入った。二人で押さえている。大変そうだ。
私は今の内にと自席に戻り、聖書を引っ張り出す。授業がストップしているし、今なら読んでも分かるまい。

のんびり文字の羅列を目で追っていると、授業終了のチャイムが鳴り響いた。





mae ato
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