20:家庭教師は悪魔さま




「それで、どうやったら資格は取れるんですか」
「そんなこと、自分で調べたらいかがですか」
「…」

とは言うが、知らないことはないのだ。えっと、まずは、

「現在は訓練生の段階なので、候補生になれば良いんでしょう」
「ええ。近々ある合宿は、候補生認定試験を兼ねているものですから、それに合格すれば早速資格取得を目指して構いませんよ」
「…ですが、勝手にしても良いんですか?一応、塾生のみんなと足並みを揃えるべきでは、」
「そんなにのんびりしていたいのであれば、そうしていれば良いでしょう」
「いえ、先にいかせていただきます」

確かに、塾に添えばそれはスローペースになるだろう。そんなのは、困る。
異世界の人間である以上、いつ元の世界に帰るか分からないのだ。もしも記憶がない状態で帰れば、確実に社会に順応出来ないと思われる。

「じゃあ、とりあえず、勉強します…」
「ちなみにですが、何の称号を取るつもりですか?」

称号と書いてマイスターと読む。簡単に言えば祓魔師に必要な技術の資格のことだ。騎士(ナイト)、竜騎士(ドラグーン)、手騎士(テイマー)、詠唱騎士(アリア)、医工騎士(ドクター)の五つある。
どれか一つでも取得すれば、祓魔師になることは可能らしい。ゆえに、この中の一つさえ取ってしまえば、どれだけ級が低くても祓魔師になれる。

「…詠唱騎士かな、と」
「一つだけですか?」
「おそらく、手騎士は異世界に居たので素質を持っていないだろうと思われますし、医工騎士まで取ってしまえば容量オーバーになりそうで」
「では、騎士か竜騎士を取ると良いでしょう。詠唱騎士だけでは、班のお荷物となりますよ」
「だって、独学では出来ないじゃありませんか」

口を尖らせつつそう訴える。詠唱騎士は所謂暗記なので、熟読するなりすれば覚えられる。独学で可能だ。
しかし、騎士や竜騎士は体術だ。武器も必要だし、講師も必要だ。それこそ、塾で習うほかあるまい。

「私が手伝ってさしあげましょう」
「絶対嫌です」

即答した。コンマの速さだ。これ以上奴に迷惑はかけられない。
迷惑ではない。恩だ。私は恩を仇で返そうとしているんだ。だから、最小限にしておかなければいけない。多ければ多いほど、罪の意識がのしかかってしまう。

しかめっ面をしている私を見ながら、メフィストさんはどこか呆れた表情をした。

「貴女が何を考えているのか大体分かります。では、奥村先生にでも頼みましょうか」
「それも絶対嫌です」

雪男くんなんて、言語道断だ。つい先日謎の宣戦布告を受けたばかりだというのに。

「では、誰に頼むんですか?塾の講師は確実に無理ですよ」
「……」

ギリッ、と歯軋りをする。情けない。本当に。私は何も出来ない餓鬼なのだと、再確認させられる。

「最低限のことだけを教えますから、そこからは独学で頑張ればよろしいでしょう。貴女を本当に強くしてしまったら、私が困りそうですから」
「同情ですか。ありがとうございます」
「何処までも捻くれていますねえ」

決めた。一発じゃ足りない。二発だ、二発殴る。覚えていたら。
でもやっぱり、私が祓魔師になるためにはこのひとの力が必要なわけで。それは、まぎれもなく事実なわけで。

込み上げる自分に対する怒りをこぶしを握り締めて抑え込んだ。メフィストさんの方をギッと睨む。

「よろしくお願いします、メフィストさん」

そうして恭しく頭を下げたが、メフィストさんは全くの無反応だ。あれ、どうしたんだろうと思って顔を上げると、メフィストさんはすっごく良い笑顔を浮かべていた。げ。

「…まずは身体作りからですね。腹筋背筋腕立て、あとは…」
「鬼!悪魔!多くないですか!」
「私は悪魔ですよ?甘ったれたこと言っていないで、さっさと聖書でも覚えてください。明後日全部暗唱させますから」
「鬼畜!サド! なんだよ、やっぱり撤回したい…」
「は?増やしますよ」
「喜んで覚えさせていただきます頑張ります!

 ……ので、今日はとりあえず塾に行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」

私は涙目で踵を返し、自室から鞄を引っ張って鍵を差し込もうとした。
…が、一歩踏みとどまる。くるりと本棚の方を向き、そこから緑色のカバーの聖書を引っ張り出した。

ちくしょう、休み時間も読書に勤しまなければ。



mae ato
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