18:子どもは知らない


夕食を食べながら、溜息を落とす。これで何回目なんだろうか。目の前のメフィストさんは不快そうだ。
分かっている。うざいだろうと思う。でも、止まらない。
思い出せば出すほど、意味不明な発言が謎を深めていく。一体全体、私が一体何をしたっていうのだろうか。私は穏便にいきたいというのに。

とうとう痺れを切らしたメフィストさんが深く息を吐いた。

「何かあったんですか。そんなに溜息を吐かれるとうっとうしくてかないません」
「いや、もっと労わってください…。
 …あの、雪男くんについてなんですが」
「雪男くん?おや、いつのまにそんなに仲良くなったんです」
「呼べって言われたから呼んでいるだけですよ」
「それで、その“雪男くん”がどうかしましたか」

話の冒頭を口に出しただけで愉しそうなメフィストさんに若干苛立つが、説明を続けることにしよう。

「なんか、メフィストさんとどんな関係だって聞かれて、更にはてめえらの思惑通りにはさせないぜとも」
「………ほう」
「何ですか思惑って。あとメフィストさんやっぱり悪役なんですね」
「悪役なんて人聞きの悪い」
「今に始まったことじゃないでしょう」
「ク、言うようになりましたねえ」

ごちそうさまでした、と手を合わせ、デザートに手を伸ばす。美味しそうなフルーツの盛り合わせだ。やったね。

「貴女は一応ひとつ屋根の下で生活している身ですからねえ…、教えてあげても良いでしょう」

フォークを伸ばした手が止まる。なんだその始め方。
……あ、すごくいけないことを気がする。
これ、私も悪魔の手先になるパターンじゃないのかな。手先っていうか、計画内容を知っているからお前もどうせ敵なんだろ!みたいな―――。

穏便になんか、いけなくなった。後悔してももう遅い。

「やっぱりいいで「途中棄権は許されませんよ」……、はい」

諦めてしまった。さようなら、私の平穏な生活(いや、最初から平穏なんてないけれども)。
まあ、話さなければいいだけだ。隠していればそれでいい。そうすれば独りにならない。

「さて、話を戻しましょう。全ては奥村燐くんに関係があります」
「奥村、燐?」

あのひとか。そういえば、メフィストさんとも仲良さげだったもんな。

「奥村燐くんはあの魔神の息子ですよ。貴女も本を読んだのなら分かるでしょう。魔神の象徴である青い炎を。あれを彼は扱えます」
「そんなさらっと大事なことを…、って、あ…!」

ぱちりぱちりと、ピースが繋ぎ合わされていく。
昨夜の電話、あれは燐くんのことだったのだ。成程。
炎は青い炎のことで、昨日私達が教室から追い出されていたときに出現した鬼や小鬼を炎で倒したのだろう。―――このことから炎が悪魔に有効と認識された。
正十字騎士團上層部に隠すのも、もちろん発覚すれば殺されてしまうに違いないからだ。魔神の仔なんて、脅威にほかならない。
でも、なんでメフィストさんは燐くんを生かそうとするのだろうか(私は燐くんに死んでほしいわけではない。断じて違う。第三者の目線だ)。

「私は彼を武器にしたいのです。魔神を倒せる、武器に」
「………魔神を、倒す」

まあ、祓魔師であれば魔神を倒すというのは最終かつ最大の目標だ。親玉だもの。

だけどメフィストさんは、

「……悪魔なのに?」
「クク、そうですよ」

悪魔なのに魔神を倒したいのか。まあ、そういう悪魔もいるか。十人十色だ。人じゃないけど。
でも、メフィストさんのことだ。魔神を倒すのはひとのため世のためのはずがない。もっと違う、悪魔らしい理由で魔神を倒すはずだ。
これは、聞いても教えてくれないだろう。

所詮私は同居人でしかないのだから。

おそらくだけど、奥村雪男くんも私と同じことを考えたのだろう。もっと別の考えがあるのではないか、と。
こいつは正真正銘の悪魔だ。そりゃあただ武器を作るというのにも何か含みがあるとも取れるだろう。

それが分からず計画は確実に進んでいく最中、塾生のひとりがその主要人物の関係者であるときた。
これはもう手先だとしか考えられまい。それゆえにあんなことを言ってきたのだろう。

私、何も知らないのに。それにただ掃除を頼まれただけじゃないか。どこから手先だと読み取ったのか。
これからもきっと、奴が公私混同する人間であれば、酷い仕打ちを受けるに違いない。ちくしょう。

「めんどくさ」
「ご迷惑をおかけしますねえ」
「意図的にでしょう」
「まあそうですが」

溜息を盛大に落とし、頬杖をつく。これから男子寮の掃除もあるというのに。

「でも意図的にしたとしても、私が異世界人であるのと関係が見当たりませんが」
「おや、そうですか?」
「は?」

ぽかんとしている私に、メフィストさんはニィと口角を吊り上げた。

「異世界人はこの世界に居るべきではないイレギュラーな存在です。そんなイレギュラーと魔神の息子を関わらせると、何か想定外のことが起こりそうではありませんか?」
「…へ、」
「私の計画に、今まで貴女は居ませんでした。だから何が起こるか、私にも分かりません。貴女の行動によって計画外の“面白いこと”が生み出されることを、期待していますよ」
「……えええ」

予想以上に面倒臭い理由だ。私は嫌悪感を剥き出しにする。

「期待しないでください。私は面倒なことはしたくありませんよ」
「そう言わずに、貢献してください」
「嫌です」
「却下します」
「……反論はないということですか」
「もちろん」
「ちっ」

仕方がないので、私は諦めたことにしておくとした。どうせメフィストさんは私の意見など、汲み取ってくれない。
しかし、雪男くんに敵対視されてしまった以上、尚のこと同居しているなんてバレてしまってはいけないだろう。
実際本当にメフィストさんが何を企んでいるのか全く分からないけれども、疑われることは間違いない。


ああもう、明日から本当に憂鬱だ。



mae ato
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