15:32個と、それからもうひとつ




「暫くすると旧男子寮で合宿が行われます。ですので、その掃除を」
「いつ頃にあるんですか」
「まだ大分ありますが、何せ広いので」
「えっ、えっと、それが、お仕置きですか」
「ええ、そうです」

やった。割と簡単だ。私はガッツポーズをする。腕は伸びているので、拳を作っただけにしかならないが。
ここまで引っ張って拍子抜けだが―――、いや掃除という楽な押し置きで済んだのだ。ラッキーである。
あれ、じゃあ私なんで縛られたの。すごく無意味だった気がする。

「なんですか縛った意味ですか?そんなにマゾならお付き合いしてあげても宜しいですよ」
「いえいえ滅相もありませんご丁寧にありがとうございました」
「いちいち面倒臭い人ですねえ」

散々である。
メフィストさんが指を鳴らすと、縛っていたリボンは煙となって消滅した。魔法使いか。
取り敢えず、今回尻尾を踏んだのは軽かったようだ。もうちゃんとバレないようにしよう。

「じゃあ、明日から放課後に行きますね」
「宜しくお願いします」

「…、」
「なんですか?」
「その笑みの理由が知りたいなとか、思いまして」
「特に意味はありませんよ。用件は以上なので、さっさと部屋に戻ったらどうですか」

そんなわけない。すごく黒い笑顔だ。悪魔め。
まあ、いいか。私は開放感に満ち溢れた四肢に感謝しながら、扉まで歩く。

おっと、忘れていた。

「あの、メフィストさん。祓魔師関係の本とか、ありませんか。勉強したいんですが」
「おや、勉強熱心なんですねえ。部屋に戻ったらありますよ」
「私が本を頼むって、分かっていたんですか」
「分かっていたわけではありませんよ。―――アインス、ツヴァイ、ドライ」

パチン。指が鳴らされる。
まさか、

「悪魔って魔法が使えるんですか」
「まさか」
「そうですか…」

きっと今のは私の部屋に本を置いたのだろう。私にリボンを巻きつけ、そして解いたときのように。
なんだそのチート技。いいなあ。

私は素直に礼を述べ、即座に退室しようと足を急がせた。長居しては、何されるか分かったものじゃない。
笑みをたたえて手を振っているメフィストさんを尻目にドアを閉める。
とても気になるけれども、我慢だ。執拗に聞いたら面倒なことになるのが目に見えて分かる。

でも、どうか変なことが起きませんように。








「クク、馬鹿な人ですねえ」

黒くなった携帯の画面を見下ろしながら、一人呟く。メフィストは、相変わらずの悪魔染みた笑みを浮かべていた。
残った桜餅を咀嚼しつつ、立ち去った少女のことを考える。

彼は、意図的に電話の最中に彼女を呼びとめた。別に部屋に逃げたからといって、彼が捕まえられないことはない。
だが、敢えてそうした。―――電話の向こうに、彼女の名を聞かせるためだ。
きちんと名前を呼び、そして親密であることを暗示させる台詞。祓魔師である電話の向こうの人物―――奥村雪男はさぞかし疑問を抱いただろう。

何故塾生のひとりがメフィスト・フェレスの下に居るのか、と。

己の手下と思おうが悪魔と思おうが、何にせよ面白いことにはなると確信していた。

「イレギュラーほど、面白い存在はない」

メフィストは再び笑いを漏らす。

期待していますよ、まひるさん。


mae ato
modoru