13:振り返れば白い悪魔が笑っている



「ザコだが数が多い上に、完全に凶暴化させてしまいました。すみません、僕のミスです。申し訳ありませんが…僕が駆除し終えるまで外で待機していてください。
奥村くんも早く……、」

バン、と扉が乱暴に閉められた。最後に残っていたあの少年Aが閉めたのであろう。
取り残された私達は呆然とその扉を見つめる。状況が理解出来ないので仕方なしに、私は壁に背を預けて待機をする。
他の人達も小声で話しつつ、不安げな表情でドアを見やっていた。

さて、メフィストさんの尻尾を思いっきり踏んでしまったのだが、―――今更ながらに後悔が押し寄せてきた。
私は、悪魔の尻尾を踏んでしまったのだ。それもお世話をしてもらう人の。
いや、だけどあの人は私の仇でもあるのだ。これくらい、彼は予想の範囲内の筈だ。
……しかし、仕返しが怖い。

ぶるりと寒気がしたので、私は腕を擦る。いやいや、気のせいだ。まだ四月だから、少し肌寒いだけだ。
際立って寒いわけでもないのに、私は手に息を吹きかける。

すると、座っている私の身体に何か温かい布が被せられた。―――男子制服のブレザーだ。
それを取って、かけたであろう人物を見上げる。その人は、意外そうな表情をしていた。しかし、すぐににこやかに笑う。

「寒いんちゃいます?貸しますえ」
「い、いや、大丈夫…」
「遠慮なんかせんでもええよ。俺は寒ないし」

塾生の一人のようで、最早桃色と言っていい程の茶髪をしていた。左の額に傷が一本、走っている。着崩した制服とその喋り方からして、所謂“チャラ男”だ。多分。

「いや、もう寒くないから大丈夫。ありがとう」
「そうなん?そら、良かったわ」

差し出したブレザーを受け取り、再び羽織る。
私は再び視線を足元に下ろした。その人が動く様子はない。

「ね、俺は志摩廉造いいます。君は?」
「杉まひる」
「まひるちゃんかぁ、かいらし名前やね」
「…、ありがとう」

「まひるちゃんも制服着とるから、この学園の生徒なんやろ?」
「うん、そう」
「科は?特進やったり」
「いや、普通科」
「ほんまに?じゃ、学校で会えるかもしらんなぁ。そんときはよろしく」
「あはは、気付いたらね」
「俺から話し掛けるから大丈夫。教科書貸してね」
「早いよ、約束が」

至極自然な雑談をする。
元々男子とはめっきり交流がないというわけでもなかったが、やはり少しばかり態度は変わってしまう。
塾は女子が少ないから、尚の事話さなくてはならなくなるだろう。少し、気掛かりだ。まあ、なんとかなるだろうと投げやり気味に放置する。

生徒が教室内に扉の向こうから問いかけると、返事が直ぐに返ってきた。どうやら駆除は終わったそうだ。
少年Aがどうなったのかは知らないが、関わりがなければどうでもいいだろう。
奥村雪男くんが出て来て、別な部屋で授業を再開することを告げる。私達はぞろぞろと素直に奥村雪男くんに続いた。

ぽん。肩に何か、重いものが載る。

「今晩、楽しみにしておきなさい」

低く、ぞっとするような声が耳元で囁かれる。
すぐに重みはなくなり、少年Aの足元に白い犬が擦り寄っていた。

私は背中を伝う嫌な汗に、顔を歪ませる。

「…終わっ、た」
「ん?どうしたん、まひるちゃん」
「なんでもない…」

心配してくれる志摩くんは神様のようだと思いながら、私は込み上げる恐怖に耐えた。
ああ、やってしまった。




mae ato
modoru