12:延期にされたオリエンテーション




ギイィ、と木の扉特有の気味の悪い音が耳元で騒ぐ。
顔だけ出して覗いてみれば、少しの生徒がちらほらと居た。
どれもこの学園の生徒のようだ。私は全身を突っ込み、教室を見渡す。

女子二名が座っている席の奥が空いているようだ。そこに座ろう。
私は誰とも目を合わせないよう気を配りながら、席に着いた。
ひい、やっとあの探るような視線から逃れられた。ほっと息を吐く。

それにしても、少ないものだ。今のところたった七人とは。これからどっと増えることもなさそうだし。
賑わいを見せることのない教室は居心地が悪く、私は溜息を落とした。

ぼうっとしていると、再び扉が開けられた。さりげなくそちらを見れば、黒髪の少年。
やはり学園の生徒のようだ。制服を着崩している。
その足元で我先にと教室に入ったのは―――! あ、あれは…!

見間違える筈がない。あの気だるそうな垂れ目に不健康そうな黒い隈、そして趣味の悪いスカーフ…間違いない。
奴はメフィスト・フェレスだ!確信した私はギッとその犬を見る。奴は悪魔なのだ。犬にでもなれるだろう。
それに、あの黒髪の子が仕切りにその犬に話しかけている。会話が成立するということはただの犬ではない。

確定、メフィスト・フェレス。

私のしつこい視線に気付いたのか、くるりと犬がこちらを向く。
ガンを飛ばしに飛ばしていると、犬は片目を瞑って星を飛ばした。ウインク、というものをされた。
よし、あの犬は絶対に尻尾を踏んでやろう。

如何様にして尻尾を踏もうかと考えていると、足音を響かせながら教師らしき人が入って来た。
と思えば、なんとその人はあの新入生代表を言っていたおくむらゆきおくんだった。奥村雪男と書くらしい。
新米教師らしく恭しく挨拶をしている。どうやら、年齢は同じだが祓魔師ではあるそうな。正式な。
すごく優秀なのだろう。素晴らしい素晴らしい。
その奥村雪男くんに過剰に反応しているのが、彼、黒髪の子である。
奴はさっきから目立ちすぎだと思う。
そう思っていると、徐に黒髪少年Aは立ち上がった。

奥村雪男くんに突っかかる少年Aを、誰も何も言わずに唖然と見ている。
ついていけないのだ。実際、私もそうである。随分と深刻そうな様子ではあるが。

―――と、少年Aは奥村雪男くんの腕を引っ掴んだ。その腕の先の手に握られていたのは、赤黒いものの入った試験管。
つるりとそのガラスは奥村雪男くんの手を滑り、重力に従って床へと着地する。
高らかに音を上げ、その試験官は割れた。中身が飛散する。

それの直後だった。天井が何者かによって突き破られた。コンクリートが崩れ落ち、煙が上がる。
警戒してそちらを見てみると、何やら丸い物体が蠢いていた。ふと、耳元に犬の如く唸り声が届く。
その発生源があの丸い物体だと認識して、やっと私は理解した。
―――あれは、悪魔だ。

「悪魔!」
「え、どこ!?」
「そこ!!」

「あ…」
「小鬼だ…!」

銃声が響く。奥村雪男くんは正真正銘の祓魔師らしく、拳銃でそのホブゴブリンとやらを撃ち落した。
どうやら、あの赤黒い液体によって悪魔はおびき寄せられたらしい。

「教室の外に避難して!」

奥村雪男くんは的確に指示をした。私はせかせかと我先にと扉に向かう。

―――と、忘れていた。すれ違い様、私は足を振り上げ、

「キャンッ」

真っ白くて可愛らしい犬の尻尾を力いっぱい踏み潰しておいた。

反撃の前に、退散退散。



mae ato
modoru