11:どこでもドアに鍵はなかった


情緒不安定だ。
ひとり、自己嫌悪に陥る。

現在入学式真っ只中だ。
先程までは、生徒らが重そうな荷物を運んでいたのだが、それもやっと終わって今は長い話を聞かされている。
荷物を運んだ挙句に長時間のお話とは、生徒にとっては苦行に違いない。
私は荷物などなく、ひとり手ぶらで入学式の会場へと歩みを進めていただけなのだが。

新入生代表の言葉となった。
代表の人を見て女子が騒ぎ始める。おくむらゆきお。かっこいいらしい。

完全にそれを流し、私はひとり感傷に浸る。
冒頭の通り、情緒が不安定すぎる。
急に泣き出す、急にこんな風に感傷に浸る、エトセトラ。
つまるところ、全ての原因はあの一昨日の“事件”にあるのだ。まだ調べられていない。
こうして平凡に入学式が行われているということは、世の中に知れ渡るようなことではないようだ。
だとすれば、裏社会なんてワードが思い付く。余程毒されたみたいだ。
可能性としては、悪魔の方がありそうだが。祓魔師の知り合いなんて居る筈も無いから、聞けるわけがない。

パチパチと拍手が響く。ああ、どうやら話は終わったみたいだ。私も手を叩く。
さあ、さっさとクラスを確認してメフィストさんに電話しないと。



《プルル、プルル、ピッ―――まひるさんですね》
「はい」
《貴女をお迎えに行くことは出来ませんので、簡単に説明します。宜しいですね》
「はい、お願いします」

列を乱して各々好き勝手に行く生徒たちとは逆の方向に歩きながら、携帯に耳を澄ます。うさぎのストラップが、視界の隅で揺れていた。

《まず、今朝渡した鍵は持っていますか》
「はい」
《その鍵を手頃な鍵穴に差し込んでください》
「…もしかして、あのどこでもドア的なやつですか」
《はァ?何の話ですか。早くしてください》
「すみません、こちらの話です」

メフィストさんの「はァ?」の声が、今まで聞いた中で一番低かった。なめられている。
まあ、確かにただの餓鬼だけれども。後で絶対仕返ししてやる。
手頃な、と言っていたので、おそらく何処でも良いんだろう。
間違っていたら、そのときはそのとき。何となく塾の扉のようだと思った、古臭くて重そうな扉の鍵穴に鍵を差し込む。

「差し込みました」
《祓魔塾へ、と思いつつ鍵を回してください》
「…」
《私が行けると言っているから行けますよ。さっさとしてください》
「ふ、ふつまじゅくへー」

言ってどうするんですか。という溜息混じりの言葉も無視して、鍵を回す。
差し込めたこと自体驚きだが、まさか回るとは。

恐る恐る扉を開けてみる―――う、うわあ。

《広くて古臭い廊下に出ましたか?》
「は、い」
《一一〇六号教室で授業が行われますので、そちらへ向かってください。説明は以上です。では、―――プツ、ツー、ツー》

切るのが早すぎる。
鍵を抜いて、扉を閉めた。此処が、祓魔塾。名に見合った場所だ。
私は足音を最小限にして、メフィストさんの言う教室――一一〇六号室を目指した。





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