10:ビーカーに蓋をして



案内された部屋は、予想以上に豪勢なものだった。
何もかもが白すぎて輝きすぎて、庶民である私には到底お目にかかれない一室である。

感激している中、早急に部屋を去ろうとするメフィストさんを何とか引き止めた。

「ちょ、あの、何ですか、この部屋」
「は?貴女の部屋ですが、それが何か」
「豪華過ぎじゃありませんか」

素直に尋ねれば、馬鹿にしたように溜息を吐かれる。これだから庶民は、と目が語っていた。

「その部屋は女子寮と同じような作りにしています。広さは一人部屋なので少々広くはありますが」
「寮と、同じ…」
「正十字学園は貴女方がよく言う“金持ち学校”ですよ」
「えッ、そ、そうなんです、か」
「もう宜しいですか?私も準備がしたいんですが」
「あ、え、すみません」

引き止めるべく掴んでいた服の裾を離す。
どうやら、メフィストさんの態度も容赦がなくなってきたようだ。
自分の思惑が発覚してしまったのなら、別に親しげにしなくても良いということなのだろうか。
所在無しとなった右手を空いた手で包む。

「これが鍵で、貴女は高校で普通科の一生徒となります。クラスは入学式後に発表されますので。
 全て終わったら携帯に電話をしてください。祓魔塾へと案内します」
「ご、ご丁寧に、ありがとうございます…」
「では、さっさと着替えて支度してください」
「分かりました」

紐の付いた鍵を乱雑に渡され、そのままメフィストさんは退室した。
何だこの鍵は。説明はないけれども、常備しておこうと首にかける。

やけにコスプレチックなその制服を眺め、これは年齢的に辛いなあと思いながら袖に腕を通した。




「ああ、似合っていますよ。
 私は生徒を迎えに行ってくるので、貴女は時間になったら好きに出て行って構いません」

かなり投げやりな世辞を戴く。むしろ無い方がいいくらいに。
あの人、見向きもしていなかったぞ。まあ、世辞なんて元々必要ない。

メフィストさんはあの白いコートに身を包んでいた。シルクハットを己の頭の上に載せ、カツカツと傘を鳴らす。

「では、いってきますので。勝手に私のものを弄ったら、今晩楽しみにしておくと宜しいでしょう」

にたり。私は即座に敬礼をして、彼を見送った。もう帰って来なくても良いくらいに。
別に弄るつもりはないのだが、少しばかりこのカラフルなデスクが気になっただけだ。
フィギュアやら資料やらでごちゃごちゃしている。片付けてあげようという心優しい気持ちは何処かに消え失せた。

私はひとりきりの大部屋の真ん中にあるソファに腰を沈める。思いのほかふかふかだった。流石、理事長。
頭を背もたれに預け、天井を見上げる。ああ、眩しすぎて涙が出そうだ。


この、激動な一日を私は一生忘れまい。
異世界に来て、両親が悪魔に殺されかけて、その仇である男と同居する。そして、翌日には二度目の高校の入学式だ。

「はは、笑えてくる」

溢れ出そうな雫を、私は必死に堪えた。





mae ato
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