09:桃色の地獄へご招待




「両親が悪魔に殺されたとなれば、仇を討つために祓魔師になると言うだろうと思って、わざわざ」
「ええ、その通りです。しかし、誤算でした。アマイモンに口止めをするのを忘れていました。急いでいたものですから」
「…私の両親は、異世界の人間ではないんですか」
「違います。後付けのようなものです。パラレルワールドに自分と同じ人間が居るというのを聞いたことがありませんか?“同じ”ですが“違う”人間。貴女のご両親はそれです。この世界の“まひる”さんのご両親です」
「では、この世界の私は何処に」
「入れ替わったのではありませんか?まあ、憶測ですが」

知ったことか。とでも言うつもりか、吐き捨てるように言葉を連ねる。それを聞きながら、私は冷静な自分を殴りたくなった。
ここで感情的になって、メフィストさんを一発でも殴れれば良いのに。でも、理性的な冷静な自分がそれを静めている。

そんなことが無意味であると。

「しかし、本当に弱りましたねえ。アマイモンが余計なことを滑らせるから」
「その、アマイモンに今から会えないんですか」
「おや、どうしてですか」
「一発でいいので、殴りたいと思って」
「クク、貴女も可笑しな人だ」
「メフィストさんも殴りたいんですが、これから私の面倒を見てくださるんでしょう」
「よくお分かりで」
「じゃあもう、祓魔師にさせるじゃないですか。何があっても」
「もちろん」
「手が早いですね」

つまり、両親の怪我は無駄だったということだ。余計に腹が立ってくる。

「わざわざ殺さなくても、良かったのに」
「死んでいませんよ」
「そういうつもりだった」
「それはそうですが。しかし、こうでもしないと貴女は祓魔師にならなかったのでは?」

「…分かりませんよ。そんな、前のこと」

馬鹿らしくなってきて、笑えてきた。
何もかも、私の所為ではないか。私が異世界の人間だったから、両親は無駄な怪我を負わなくてはいけなくなった。メフィストさんの所為でもあるが。

怒りの矛先は私の方へ向き、そしてそれを突き抜けて、此処で起きた大きな“事件”へと辿り着いた。
“事件”について、調べよう。要因の奴を、徹底的に。

「さあ、今日は入学式ですから、準備をしなくては」

パイプ椅子から立ち上がり、皺の付いたコートを撫でた。私はそれに続いて立ち上がる。

「寮、なんですよね」
「貴女は我が屋敷に住んでもらいますよ」
「…は、」

唖然としていると、メフィストさんは悪魔染みた笑みを浮かべて振り返った。

「だって、貴女は貴重な異世界の人間なんですよ。何か合っては、大変ですから」

高笑いをしながら、病室の鍵穴に鍵を差し込んだ。そうして紳士的に勧められた扉の先は、あの桃色の部屋。

ああ、痛々しいその色に涙が零れそうだ。

私はぐっと堪え、一歩踏み出した。






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