俊足的少女(稲妻)




夢から覚めるかのように意識を取り戻した。一瞬視界が揺らいだが、目を擦って辺りを見渡す。そこは、全く見覚えのない景色だった。

「え、ええッ、ここ何処よ!」

ふつうの住宅街。しかし、知らない世界。どういう、ことだろう。

ふと視界の隅に自分の着ている服が映った。私が帰宅時に来ていた高校のジャージのままだった。なんだ、そこは変わっていないのか。だからといってどうともないけど。

再びあたりを見渡し、何か手掛かりはないかと目を凝らす。目の前の家の表札に「円堂」という見知らぬ名字を発見した。えんどう、なんて知り合いはいない。

他には、と探していると、ゴトリと何かが落ちる音がした。

「うん?」

そちらを見ると、そこには私の部活用のエナメルバッグが落下している。チャックを開いて中身を確認してみたが、そこに変化は見られなかった。

って、あれ。エナメルのそばに落ちているキャリー、なんか見覚えが…。

「って、それわたしのじゃん!」

なんでこんなところにあるのだろうか。

状況がつかめないうちは、まず身の回りから確認する。灯台もと暗しになりかねないからだ。よしよし、この中身も確認しなさいってことかな。

キャリーを引き寄せて中を覗く。

その中身は、私服に歯磨きセット、携帯の充電器等々……。まるで旅行のために用意したかのようなものだった。

「うーん、どういうことやねん」

関西弁でツッコミをしてみる。しかし、反応はない。さみしい。

「あーあ、もう、こんなのどこに行ったらいいの!」
「何してんだ?」
「ッ、う、うわああああ!」

ひとりごとを呟いていたら、いつのまにか背後に人間が立っていた。男の子だ。あまりにびっくりして変なポーズをとってしまった。

と、とりあえず、落ち着け。これじゃ変な人だ。

「す、すみません、えっと、もしかしてここはあなたのお宅で?」
「そうだぞ」
「ご自宅の前で騒いで申し訳ありません!すぐに帰りますので!」

すばやく謝罪を済ませ、わたしはエナメルとキャリーをひっつかんで回れ右をする。まずはここを退場する!それから後のことは考える!よし!

などと決定していたら、

「あ、おい、ちょっと待てよ!」

なぜかその男子くんはわたしの腕をつかんだ。

「なっ何しやがるんですか!帰してください!」
「は?なに言ってんだよ、おまえ」

はい?

「いや、ですからわたしは帰りたいんです」
「おまえ、愛染三琴だろ」
「えっな、なんで名前知ってるの!プライパシーの侵害?ストーカー?訴えちゃいますよ?」

わたしが正当な反論をするたびに男子くんの首は傾けられていく。な、なんなんだ。

「おまえ、今日からおれと暮らすんだったろ?」
「へっ」
「おれと暮らす予定になっていた三琴だよな」
「わたし、一回もプロポーズされたことないし、同棲を許可したこともないよ」

男子くんの訝しげな表情に耐えかねて目をそらした。さっきからこの子は何を言っているんだろう。わたしの名前を知っていたし、なぜかいっしょに暮らすことになっているし。彼の妄想ないでわたしはどうなっているんだ。さっきからため口だし!絶対わたしより年下だよこの子!わたしは一応高校生なんだぞ!

ポン、と突然男子くんが手を打った。

「そうか、まだ事故の障害が残っているんだな!」

そしてとんでも発言をした。

「じ、事故?」
「ならしかたないな。ま、家で話すから入れよ!」
「えっちょ、お、」

わたしの返答も待たず男子くんはわたしを強引にも円堂家へと入れようとする。ちょっと待ってほしいのに、男子くんの力は意外と強い。みるみるうちに玄関へとつま先が到達した。

「男子くん!誘拐は犯罪だよ!」
「心配すんなって!いま誰もいねえから!」
「おいこら!そっちのほうが問題だよ!」
「ちゃんと話もするから問題ねえって!」
「その話を外でしないと誘拐になるんだってば!」
「外じゃ疲れるだろ?荷物も運んでやるから」

だから、そうじゃないっつの!

なんて声が届くわけもなく、わたしは男子くんに円堂家居間へと強制連行された。

ちょっと、おまわりさーん!
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