DOCUMENTARY | ナノ



2015 0930 Wed

たとえば思うところがあったとして、それは思うだけで誰にも伝えることなく胸の内にしまっていれば、もちろん、誰かに気付かれることなんてありません。言わなければ伝わらないのですから。黙っていてはわからないのですから。しかし、それを言う、話す、伝えるということはそれはもう恐ろしいリスクが伴います。何を成すにもリスクは発生しますから仕方のないことですが、それでもそのリスクは恐ろしい。支払うだけの勇気がなければ、何も成せないのです。

他人との良好な関係の作り方は知っていますが、それを末長く一生分続ける術は知りません。どこかに終わりを求めて関係を築いている嫌いがあります。そうしなければ耐えられないからです。妥協できるのは終わりがあるから。他人のすべてを受け入れられるほどわたしの心は広くありません。それを一生背負えだなんて無茶です。そんなことは頼んでいないのだろうけれど、勝手に頼まれた気になってしまうのが性分で困ります。それができるのは、ほんとうに近しい人たちばかりです。

美味しいものを食べることは幸せです。蓄積する脂肪を気にしなければ幸せに満ちています。最近のブームは特にありません。大抵ブームが起こるものなのですが、最近は美味しい、いっぱい食べたいと思うものがありません。昨日食べた堅く揚げたポテイトチップスのわさびのり味はたいへん不愉快な味でした。ええ、しっかり言いましょう。不味かったです。わさび味には絶対の信頼をおいていたのに……よもやここに来て裏切られるとは、恐るべしのり。許すまじ。
ずっと好きで食べ続けていたファミリーなマートさんのフィナンシェがあるのですが、先日久しぶりに食べてみたらちっとも美味しくなかったです。味覚の変化でしょうか。周りがサクサクしていて中がしっとり、というわたしの理想を具現化したフィナンシェだったのですが、何でしょう、美味しく感じられませんでした。他の店舗のフィナンシェはふわふわし過ぎていて嫌だったから、お気に入りだったのに、いっきに裏切り二つ目。これはもう闇討ちしかありませんね。

ツイッターのほうで読書日記をちみちみつけています。読んだ本の好きな一文とそれから感想を少々。もし思いが募り過ぎたら、「戸棚」のほうに載せるやもしれません。読書は楽しいですね。隣で大声で髪のカラーリングの話をする女子たちにこっそり呪詛を呟きながら、ページをめくります。

視界の向こうの諦観を見て