シルノフ編 | ナノ
ウォッカは薄い一枚の紙を見ながら「ふーん」と、興味なさそうに呟く。
その様子を見ながら、トゥルは手にした別の書類をウォッカの机の横に置いた。
それを手に取ると、再び興味なさそうにため息を吐く。
この上司は本当に楽しくなさそうに仕事をするなぁ、とトゥルは日々思うが、今日はことさらつまらなさそうに仕事をしている姿に疑問を覚える。
「トゥル」
名前を呼ばれてトゥルの体が脅えたように震える。しかしそれを気にすることなく、一枚の紙を渡した。
「このデータ、興味深いと思わないか」
すでに疑問形ではなく、肯定を強制させる物言いである。
トゥルは半泣きになりながら差し出された書類の内容に速読で目を通す。現在国内で出回っている銃火器類の密輸の総数をパーセンテージでまとめた書類で、ここ一年分で一区切り、集計してある。
「これは…異常に増えてませんか」
ここ一カ月、国内で取引きされた武器の総数は先々月と比べるとあきらかに多い。単純計算するだけで倍以上だろう。
「だけどクルシェフスキーにはほとんど回ってきていない。それどころか名のあるマフィアたちが独占している市場にすら出回っていないときた」
「市場に入る前に別ルートへ?」
「可能性は高いが国内には入ってきている、市場に入る前の輸送中に何か細工でもあるのかもしれないな。それか市場の取り締まりが個人的に売りつけているか…まあそれだけなら危険というないこともないだろう」
そこまで話してウォッカは小さく笑う。
面白い。
まるでなぞなぞを出された子供のようで、答えがわからないのがもどかしい。しかし答えを解き明かしたあと、その答えにもだえ苦しんでひれ伏す奴らがいるかもしれないと思うと、嗜虐心がくすぐられるというものである。
「規模は大きくない、中の下程度。だが昔は大きな権力を持っていたファミリーだ。市場の作り、国内にあるすべてのルートの細部までを把握しているからな、情報収集にも秀でている。おそらく力を失う前は大きな取引先か、仕事の相棒となる組織がいたはずだ。ここ最近動きがあったものだけでいい、洗い出してこい」
「わかりました」
トゥルは即座に答えると早足で部屋を出ていく。扉が閉まったのを確認すると、ウォッカは肘をついて思案する。
言った条件に当てはまる組織はそう多くはないだろう、だからこそ一つだけ心当たりがある。
けれどここまで派手な行動を起こすには組織自体が衰退しているし、何よりその組織のボスは、明確に自分自身を保っていないはずだ。
嫌な予感を振り払うように、瓶に入ったままの酒をいきおいだけで飲む。
焼けつくような強烈なアルコールの味が、いつも以上に鮮烈だった。
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