シルノフ編 | ナノ


 エミールは向かい側から歩いてくるトゥルに気づき、その表情を見て「ああまたかぁ」とため息を吐いた。

「トゥル、どうしたの?」

「エミールさん?!あああい、いえなんでも・・・」

 話しかけられたトゥルは何かをごまかそうとしているのか、とてもわかりやすく慌てふためき声をどもらせる。

「…ウォッカがどこかに行ったんでしょ?」

「え、えーと…はい」

 言い当てると今度は肩を落として観念したかのように肯定の返事を返してきた。
 その様子が悪いことをして叱られた子供のようで、このトゥルという青年が年上ということをつい忘れてしまう。なんとなく頭を撫でてあげたい衝動に駆られたことに、エミールはつい苦笑をした。

「また『部下のお前が上司の俺に逆らっていいのか』的なこと言われたんでしょう?」

「うっ」

「言い返したらいいのよ、部下だから言っているんだって」

 当たり前の言い分を提案するエミールに、トゥルはそれを言った自分を想像する。が、すぐにウォッカの魔王のような腹黒い笑みを思い出し背筋がぞっとした。
 エミールはあのウォッカの深い笑みの迫力を知らないから気軽に言えるのだ。とはいえあのウォッカがそんな笑みをエミールに向けることは生涯ないだろうから、言っても無駄かもしれない。
 結局どのような形であれ人に文句を言う度胸がないトゥルは、小さく「善処します」と半泣き笑いでエミールに返事をすることで精一杯だった。







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