シルノフ編 | ナノ


 エミールはっとして、ウォッカの顔を見た。
 けれど彼の表情には焦りも怒りもなくて、彼の言う母親がエミールの想像とは違うことに気づく。

「彼女、アトレーユは血の繋がりはなくても俺の母親でね。自分のことは二の次で、何かのためとか誰かのためとか、いつもそういうことに必死のお人好しだったよ」

「そう…なんだ」

「そ。ああ、ちょっと暴力的なところはお嬢さんに似ているかな」

 なんですって!と思って口しようとした。けれど俯いて笑うその悲しそうな笑顔に、何も言えなくなる。

「お嬢さんは、俺がシルノフの…違うか、血の繋がった母親を殺したことが嫌なんだろう?」

 あっさりと核心をついた発言をされて、エミールは押し黙る。その通りだった。
 エミールにとって家族は、母親は何物にも代えがたい唯一無二の存在だ。傷つけるなんてありえない。
 だからウォッカがどうしてあんなことをしたのか、わからなかった。
 そんな心中を察したのか、ウォッカは優しくエミールの頭を撫でて、いつもよりずっと穏やかな声で話し始めた。

「お嬢さん、血の繋がりは絶対じゃない。俺は少なくともそう思う。なんせ血の繋がりよりもっと強い繋がりで俺の母親になった人がいたんだ」

「…繋がり」

「そうだなぁ、クサイけど、愛とかいうやつかな。だから俺にとって母親はアトレーユという人だけで、それ以外は俺の母親にはなれやしないんだ。極論だけど」

「じゃあ、あの人は?」

「アスフォデル…実母を殺したのに私情がなかったと言えば嘘になる、けど俺にとってあの人は母親じゃあなかった」

 そして再び地面に寝転がると、あくびをして伸びをした。開いた目に冗談の色はまったくない、それを見て「ああ本気なんだ」と思う。

「ねえ」

「ん?」

「ウォッカにとって、母親って何?」

 本気の質問だ。そんな雰囲気を感じ取ったのか、いつもなら誤魔化すだろうに、ウォッカは真剣な表情でエミールを見つめる。
 そして一つ息を吐くとゆっくりと口を開いていく。

「俺にとって母親は、繋いでくれる人だよ」

 迷いも、悲しみも怒りも何もない。きっとウォッカという人間にとってそこは神聖な部分なのかもしれない。
 エミールは目を閉じた。
 もうぼんやりとしか覚えていない、綺麗な髪の流れや、唇の描く形が瞼の裏で一瞬だけ鮮明に浮かび上がってくる。
 貴女は、私とウォッカを繋いでくれた。
 あの時の安心感、あれが彼の信じる母親ならば、同じ思いを持てる。

「うん、私もそう思う」

 心から。
 ぐっと背筋を伸ばして草の上に寝転ぶ。横から「行儀が悪いねぇ」と言ってきたが「それはお互い様」だと言い返した。
 空からは相変わらず柔らかい雪が降ってきていて、雲は淀んだ色を見せている。けれど、わずかに差した日の光が、一瞬だけ視界を焼く。
 その鋭いけれど優しい白さが、今はとても美しく思えた。







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