シルノフ編 | ナノ


 左手には携帯電話を、右手には写真を持ってヴィタはぼんやりとベッドに腰掛けた。
 頼りない紙切れには幼い子供2人と亡くなった妻と写る自分がいた。全員が幸せそうに笑っているその写真に、ヴィタは小さく笑みを浮かべる。

『ヴィタ、どうした』

 耳に当てた携帯電話から怪訝そうな声が聞こえて「なんでもない」と言葉を返す。
 それに何を思ったのか、電話口の相手、ミハイルはわずかに息を吐いた。心配、あるいは呆れたのかもしれないなと予測を付けると、ヴィタはすぐさま頭を切り替えた。

「例の話だが、やはり台湾ルートを回ってきているようだ」

『王冠(ワングァン)の一派か』

「かもな。それについてはもう少し時間をくれ」

『わかった。ああ、それとこちらでもわかったことがあったから一応報告しておこう。聞くか?』

 内容とは違い軽い調子のミハイルの言葉にヴィタは「へえ、なんだ?」と同じような軽い調子で返す。組織のボスへの対応としてふさわしくはないだろうが、口調でそれを求められれば相応の返礼をするのが礼儀である、とヴィタは思っていた。
 もちろんミハイルも気にせずに続きを話す。

『モスクワルートへ回す際に手引きした者をいくつか見つけた。だがどれもその手のルート変換へ対応できるほどの強い力を持っていない。まったくもって不愉快だよ』

「だろうな、まあ予想の範囲内だろう…『上にデカい組織がいる』に一万元」

『どうだろうな。今のところ名のある組織はすべて可能性が低い』

「どこかを隠れ蓑にしているか、あるいは小さいところに大物がいるか、か」

『ならばそちらに一万ルーブル賭けさせてもらおう』

「おいおい、ルーブルと元じゃレート計算しづらいだろう」

『今のところたいして大きな違いはない、安心して賭けるんだな』

 果たしてそういう問題であろうか、と、ここまで考えてこの話題そのものが本筋から逸れていることに苦笑をした。緊張感がないにもほどがある。もちろんミハイルもそれに気づいたのだろう小さく咳払いすると「とにかく」と話をもとに戻した。

『この問題は早めに片付けておきたい。この意味がわかるな』

「ボスの言葉のままに」

 その言葉を言うとミハイルが電話を切った。接続が切れたことを知らせる電子音を聞きながら、ヴィタは再び写真を見る。幼い子供が2人と、1人の妻。
 なぜだかひどく、黒髪の息子のことが気にかかった。








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