シルノフ編 | ナノ


 キルシュの付き人がやってきて手紙を渡してきた。
 内容はエミールを心配するものや、自身の近況など世間話程度だが、その優しさに嬉しくなる。

『怪我のせいでベッドから出ることができないが、命の別状はないので暇でたまらない。お前とおそろいだな』

 無駄口叩きもいいところだ。
 きっとこれを書いている時も傷が痛んだだろうに、それでも気を遣うキルシュの思いやりにエミールは笑みをこぼす。
 けれど、優しい文章の中に何かが足りない。

「…気づいている…か」

 シルノフのこと、ウォッカのこと。
 仮に辛いことを思い出してほしくない、という気遣いだとしても、あからさまに事件のことを避けている。
 おそらくキルシュはウォッカとアスフォデルの関係に気づいていたのだろう。
 彼がどんな状況に置かれたうえで襲われたにしても、それに気づいてもおかしくないほどに二人の容姿は似ていた。
 窓の外では薄曇りの空からわずかに日の光が差し込む。けれど冬の城、と称されるこの場所に春めいたものは中々やってくるはずもなく、きっとすぐに白い雪が降ってくるだろう。

「…ウォッカ」

 すでに事件から四日経ったが、ウォッカが訪ねてくる気配はまったくない。
 避けられているのか仕事が忙しいのか、忘れられているのか。
 ため息を吐きそうになった時、控えめなノック音が響いた。

「お嬢失礼します」

「オリガ、どうしたの?」

「はい、こちらを」

 後ろ手にドアを閉めたオリガは手に持った一冊の本を差し出した。それを受け取るとエミールは「これは?」と尋ねる。

「外交顧問殿からです」

 そう言うとオリガはそのまま部屋を出て行く。
 渡されたのは赤い表紙の古い本だった。装丁が所々剥げていて、中のページも読んでいたら抜け落ちそうなほどボロボロな、まさに古書というべき品物。しかも分厚い。
 これは読めということなのか。エミールは悩むが、どうせ謹慎中の身なのだ、暇つぶしにちょうどいいと結論を出す。
 そしてゆっくりと、その本を開いた。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -