シルノフ編 | ナノ


 静まり返った屋敷内を抜け裏口から外に出ると、雨は止んでいて視界は想像よりもはるかに良かった。
 十分ほど歩いた場所にはヴァーシリーとオリガがいて、二人は安心したように息を吐くとエミールに駆け寄る。

「お嬢、ご無事で何よりです」

「お怪我はっそれ以上のお怪我はありませんか!?」

「大丈夫よ、二人ともありがとう」

 ヴァーシリーはエミールに毛布を羽織らせると運転席に座っていたドミトリーに目配せをした。その意図を理解したドミトリーは車から降りると後部座席の扉を開け、エミールを中へと乗せる。
 それを見届けるとウォッカは電話を取り出しどこかへ掛ける。

「…手筈通りに頼む」

 相手にそう伝えると屋敷の方向を見た。エミールも同じようにそちらを見る。
 暗い雨雲に覆われた空の下、電気一つついていない建物を不気味なまでの静けさが覆っている。
 しかし不意に、目が激しい眩しさに痛みを訴え、続いて鼓膜を破ってしまいそうなほどの爆音が周囲に響く。

「なっに!?」

 身体にビリビリとした衝撃を受けながら音源を見ると、屋敷が赤々と燃えていた。
 運転席に乗ったドミトリーも、助手席に乗ったヴァーシリーも、隣に座ったオリガも驚いたように激しく燃える建物を見つめる。
 しかしウォッカだけは建物を見ることなく、いつもの様子で運転席の窓を叩く。
 それに気づいたドミトリーが窓を開ける。

「これから後片付けをするから、先に戻れ。今日はお疲れ様」

 胡散臭い笑顔で嘘くさい労いの言葉を吐くと、一瞬エミールに視線を向け、すぐにどこかへと歩いて行った。
 それを呼び止める元気も、権利もない。
 エミールは小さな声で「出して」と呟くと窓ガラスに額をくっつけた。
 燃える屋敷が黒い空を赤く染める。ゴウゴウという音がガラス越しに聞こえてくる。
 目を逸らさないようにじっと、その光景を見つめ、ここに残るウォッカに思いを馳せた。







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