シルノフ編 | ナノ


 ザアザアと降る雨が庭中を包む。
 エミールは銃を握ったまま、動かないウォッカを見た。

「…ウォッカ」

「…さてお嬢さん、そろそろ出ようか」

 刀を振って雨水と血を飛ばすと鞘に納める。そしていつもの笑顔を浮かべてエミールを見た。
 しかしエミールは答えない。じっと地面を、アスフォデルを見つめながら、だからこそ言葉を出すことができなかった。

「…この人は、あんたの母親なんでしょ」

「そうだねぇ」

「なんで」

 続きを言おうとして、エミールは背後に人の気配を感じ、振り向きざまに銃を向けた。けれど撃つことはしない。相手が地面に銃を投げてきたからだ。

「あんたは!」

 あの時、ウォッカの執務室に向かう途中でエミールに話しかけてきた男だった。

「悪いけど、もう終わりよ。この人は死んだわ」

「ええ、アスフォデル様は亡くなられた。シルノフもクルシェフスキーに敵対したことで消されるのでしょう…ですがこれでいいのです」

 大柄なロジオンと名乗った男はアスフォデルに近づき、血にまみれた頬を撫でた。

「これで満足なされたでしょう」

 そして満足げに笑う。

「…なるほど、この組織のブレーンは君か」

「そこまで言われるほどのものではありません、ただこの方が正気を失った時に代弁を務めていただけです」

「この女が正気を保っているときがあったのか、それは驚いた」

 驚いたような雰囲気などまったく出さずにウォッカはわざとらしく言ってみせた。それにロジオンは小さく笑うだけだった。

「満たされる時が、あったのです。産まれたばかりの貴方のことを考えている時だけですが」

 その言葉にエミールはアスフォデルとの会話を思い出す。たしかに最初は穏やかだった。産まれたばかりの、ウォッカを産んだと言ったときだけのアスフォデルは唯一まっとうな時間を生きる人間だった。

「へえ」

 反応の薄い返答にエミールは何かを言いたくて、言えなくて唇を噛んだ。

「ただ…他人を受け入れられなかった、それだけです。だからこそ、最期は満足なされたでしょう」

 そう言うとロジオンはエミールに目を向けた。何かを仕掛けられるのかと身構えたが、それにしてはロジオンの目はあまりに落ち着いている。

「その銃は貴方の物です。持って帰りなさい」

 言われて地面に落ちた銃がたしかに自身の物であることを確認する。
 そしてウォッカを見た。未だにロジオンを見つめている、がすぐに目を逸らしてエミールに目を向けた。

「行こうか」

「…わかったわ」

 本当は今すぐ言いたいことや聞きたいことがたくさんあったが、そんなことをしている時間はないのだろう。
 エミールは素直に頷くと歩き出すウォッカの後ろをついて行こうとした。

「…貴方は後悔なさらないよう、進んでください」

「え?」

 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声が聞こえた。振り返るとロジオンがアスフォデルの遺体を抱き上げどこかに行く。
 ウォッカに目をやると軽く首を振られた。
 言葉の意味がわからない、構うことはない、放っておいてやれ。
 たくさんの意味を込めた動作にエミール頷くと、自身の銃を持ち、庭園を去った。







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