シルノフ編 | ナノ


 どれくらいの時間が経ったのだろう。
 相変わらず暗くて気持ちの沈みそうな部屋の中でエミールはため息を吐いた。
 泣き疲れて寝てしまっただなんて、どこの子供だ、私は。
 しかもこの状況で、だ。未だにほどかれていない手首の拘束がさっきの出来事が現実であると如実に語っているのに。

『私が産んだ子』

 あの女が当たり前のように言った言葉の数々が頭をよぎっていく。
 エミールの知っているかぎり、ウォッカの肉親はリキュールとボスである父の部下のヴィタしかいない。幼い頃に母親のことを聞いたこともあるが、曖昧に話題そのものを濁されてしまったような。
 弟であるリキュールは母親のことは「死んだ」と言っていた。そもそもウォッカとリキュールは義兄弟なのだから母親は違うのだろう。

「考えても仕方ない、か…」

 身体を起こして周囲を探る。近くにあの女の気配はなさそうだ。
 ならばやることは一つしかない。覚悟を決めると、前で縛られた両手首を動かす。
 しっかりと結ばれており、切るか結び目をほどくかしなければ解放できないようになっている。
 もしかしたらここで諦めるような腰抜けだと思われているのだろうか。エミールはバカにしたように鼻で笑い飛ばすと、手首を何度か捻り、具合を確かめる。
 隙間の程度、縄のきつさ、自身の手首の調子。
 手首の関節を抜くために、エミールは淡々と確認作業に勤しむ。
 手首を脱臼したところで縄が上手く緩むという保証はないし、何より、脱臼してその痛み耐えられるかもあやしいところだけれど、黙って助けを待っているよりかは幾分かマシだ。
 深く息を吸って、吐く。覚悟は決めた。もう一度深く吸い、手首を捻りあげる。

バタバタバタ!

 大量の足音がして、手首に入れた力が力んでしまう。
 しかし感じた痛みは脱臼のものよりはるかに緩い。どうやら手首を捻っただけらしい。
 扉の外からは足音に混じって、たくさんの怒声が聞こえる。
 足音の多さにかき消されてあまり聞こえないが、所々に「侵入者」という単語が聞こえた。

「…まさか…早すぎるわ」

 助けが来たというのか。しかしエミールはあくまで冷静に考える。この組織はクルシェフスキーに楯突いたのだから、目的はこの組織のすべてを消すことだ。だったら自分の救助は二の次のはず。
 甘えるな、と自分に言い聞かせて再び手首に力を入れる。

「…ダメですよエミールさんっ」

「誰っ!?」

 後ろから声がして振り向けばかなり驚いた顔をした…トゥルがいた。
 あまりにも予想外の出来事にエミールは頬つねれない代わりに手をキツく握る。爪が皮膚に食い込んで痛い。
 それでも信じれなくて唯一自由な足でトゥルの足を蹴ると「いたっ」と言われた。

「あの…夢じゃないんで…」

「そ、そうね…。で、なんでここに」

 トゥルの後ろを見れば普通に開いている窓があった。どのような手段を用いたのかは不明だが、トゥルが開けたのだろう。

「今この屋敷内で銃撃戦が行われています」

「…はっ!?」

「いえ陽動なのでそんなに大したものではないんですが…本命は別です」

 言いながらエミールの手首を縛る縄を解く。そして見慣れない銃とホルスターを取り出すとエミールに渡した。

「今オリガさんとヴァーシリーさんがこちらに向かっています」

「二人が…」

「はい、こちらからだと裏口が近いので、お二人と合流したのちすぐに脱出してください」

 素早く簡潔な説明を頭に刻むと、エミールは頷く。
 それを見たトゥルはいつも通りの気弱な笑みを浮かべて、今度は鍵のかかった扉の前で何かをし、開けるとそこから出て行った。







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