シルノフ編 | ナノ


 ウォッカは部屋へ戻るとすぐにトゥルを呼び、人員と必要なものを揃えるように指示をし、ひとつ息を吐いた。

「外交顧問殿!」

 扉が大きく開け放たれた音がした、と思ったらスーツ姿の女性が詰め寄るようにウォッカの執務机に近づく。

「オリガ」

 いつも美しく整えられている髪が少し乱れ、シャツの第二ボタンまでが開けられている。走ってきたのだろう、しかし顔には強い意志が見えた。

「私たちも人員に加えていただきたい!」

 その言葉に焦ったのはオリガの横に立つトゥルで、顔を青ざめながらオロオロしている。
 対するウォッカは何も感じていないのか「へぇ」とだけ呟いた。

「私たち…で、もう一人は?」

「それは…ヴァーシリー!何をしている早く入ってこないか!!」

 後ろを振り向き、声を張り上げるオリガの形相にトゥルは「ひっ」と脅えた声を出す。

「…オリガ、落ち着いてくださいってー…というかこっちは得物持ってるんですからそんなに走れませんって」

 ひょっこりと顔を出すヴァーシリーにオリガは鼻を鳴らすだけの返答をし、再び正面からウォッカと対峙する。

「さすがお嬢組、素晴らしい忠誠心だ。だけど、勘違いしているなぁ」

 微笑みながらウォッカは二人を見ながら楽しそうに言った。
 その笑顔にうすら寒いものを感じながらオリガはウォッカの目を正面から見据える。
 ヴァーシリーも表面上は普段通りだが、内心は氷塊を背筋に当てられたようにざわついていた

「行く理由は『クルェフスキーに楯突いた組織の根絶やし』だ。わかるか?救出じゃない。そもそもうっかり攫われた組織の一員のために大人数は割かないもんだ」

「それは…っ」

 ボスの命令なのか、とオリガは続けようとしたが、ヴァーシリーの手が肩に置かれ言葉が詰まる。
 それを見てウォッカは「残念」と心底楽しそうに笑った。
 何を考えていたかは定かではないが、何かの言質をこちらから取ろうとしていたのだろう。そこまで考えいたるとオリガの頬に汗が伝う。感情的になってはウォッカの了承は得られない。

「…こちらも本命に全力を割くつもりです。ですが今、貴方は『大人数は割かない』と言いました」

「ああ、言ったな」

「大人数でなければ、問題はない。ならばその少数に私とオリガを加えていただきたい」

 ヴァーシリーは冷静に頼み込む。
 ウォッカはその言葉を吟味するかのように聞いていたかと思うと、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。

「いいよ、ただし君たちはお嬢さんの捜索のみを目的に行動をしろ」

「それは!!」

「お嬢さんを発見次第その場をすぐに立ち去れ。それが君たちの任務だ」

 そしてトゥルに紙を渡す。その内容に目を通すとトゥルは「わかりました」と言って部屋を出て行った。

「…俺たちを試しましたね?」

「さて何のことやら、俺には心当たりがないな。ああ、オリガ持っていくなら身軽に行動できる小型の銃にするように。大型の殺傷能力のあるものはいらない」

「…っう…はい」

 エミールを助けるついでに組織の奴らを殺していこうと算段を立てていたオリガに素早く釘を刺すと、ヴァーシリーに視線を送る。
 おそらくオリガが言い出すことをわかっていて、けれど彼女はエミールのことに関するとこと冷静さを失うことが多いから、自分が冷静に判断できる状態ならば最初から連れて行くつもりだった、と。
 そんな考えが読めたヴァーシリーは一息つく。内心はオリガと同じような振る舞いをしたかったが耐えてよかったと、本気でそう思った。

「ところでヴァーシリー、それは…」

 オリガの言葉に手に持っていたものを執務机の上に置く。
 それは一振りの刀だった。ウォッカはそれを無言で手に取ると慣れた手つきで刀身を少しだけ抜く。互の目乱れを基調にした刃文に小さく笑みを浮かべる。

「キルシュ様からの伝言です。「息の根を止めるのに使え」と」

「それはそれは、物騒な」

「それともう一つ…「ためらうな」だそうです」

 その伝言はどういう意味か、かみ砕かなくともわかるというものである。
 すべてをだいたい理解しているであろうキルシュの言葉にウォッカは苦笑して二人に準備をするよう言い渡す。
 二人は力強く頷くと、足早に部屋を出て行った。
 一気に静まった部屋の中でウォッカは目を瞑り、自分自身の脳に意識を集中させた。
 暗い瞼の裏にチカチカした光が瞬く、しかし一瞬だけ黒い影のようなものが横切った。

「…ためらう、わけがない」

 こんなにも自分の中で喜ぶものがいるというのに。
 ウォッカはそんな自分を嘲笑った。






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