シルノフ編 | ナノ


 ミハイルは今までにないくらいイラついていた。
 ウォッカの上げてきた報告書を見た瞬間から、相手のシナリオは読めていたのだ。こんな失態を犯すなどあってはいけないというのに。

「シルノフファミリー、まだ存在していたとはな」

 ミハイルは苦々しく呟く。
 かつてはソ連の内部とまで繋がりのあった国内でも力のある組織で、各地に名を馳せていた。しかし先々代のボスが他の組織との同盟を次々と破棄したことにより弱体化してしまった。それでも類まれな情報収集能力と、それを応用することに長けた行動力は様々な組織に恐れられていた。ほんの二十五年前までは。

「あの女…アスフォデル・シルノフが未だにボスの地位についてすべてを操っているのかどうかは怪しいか…。さてウォッカ、今回起こったことについての見解を述べてもらう」

 詰問するようなミハイルの言葉に、ウォッカは顔色一つ変えずに頷いた。

「この組織のボスはご存じの通り自分を保っていません。そういう人です。おそらくこの組織には頭のキレるブレーンがいるはずです」

「そういうことではない、狙いについてだ」

 責めるような鋭い声にウォッカは自嘲気味に笑う。

「俺でしょうね、確実に」

 当たり前のような言葉にミハイルは息を一つ吐くと、椅子の背もたれに体重をかける。

「あの女が君への執着を捨てられずにいるのは知っていたが、手段としてこの組織と対立するというならまだいい」

「…」

「そう、組織と対立するだけなら組織力で捻り潰すのが道理だ」

 けれどシルノフは「ウォッカ」という個人のために「エミール」という個人を連れ去った。

「これで相手が大組織ならば君を引き渡すという解決法もあるが、シルノフ如きにそこまでする必要もないだろう」

「なら潰すしかありませんね」

 ウォッカは他人事のように言って、すでにわかりきっているようにミハイルの言葉を待つ。
 ミハイルはその目を見たあと、腕時計で時間を確認した。エミールがいないことが確実になってから数時間は経過している、それにこれからの準備、敵の本拠地などまでの時間を考えるとどうするのが一番良いか。
 そんなこと、考えるまでもない。

「好きな者を連れて行け。手段は問わない、ただし生かしておくな」

 人も組織も。意味をしっかり理解したウォッカは「喜んで」と上っ面だけの笑みを返した。
 その笑みにミハイルは部下であり友人である男に心の中で謝った。







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