シルノフ編 | ナノ
寒い日だった。
私は子供たちと一緒に道を歩いていた。
数日前から夫とは連絡がつかない、子供たちはそれを酷く不安がっていた。垂れ下がる二人の目を見て、私は安心させるようにほほ笑む。けれどなるべく足の速度は落としたくない、目的のホテルはあと少しで着くのだから。
夫と連絡が取れなくなった時はあるホテルに避難するように指示をされていた。
今にして思えばもっとまっとうな職の人を選べば、こんな苦労はなかったのかもしれない。けれど自分に寄り添う二人の子供を見ればそんな不安も消えてしまう。
もうすぐホテルに着く。それにひどく安心した。
だからだろうか。
甲高いブレーキ音が近づいてくるのに気づくのが遅れて、咄嗟に子供たちの手を取り走ろうとした。
間に合わない。
直感が脳内を支配した時には子供たちの背中を強く押す。まだ小柄な二人の子供は、大人の力に勝てずに地面を滑るように転がった。
ごめんね、痛いよね。
言いたかったのに。
私の身体が別の何かの力に押されて、前と後ろ両方から圧迫された。
あまりの痛さに気を失えず、目を開けると子供たちが私のすぐ横で泣きじゃくっていた。
下の子の銀髪が横で揺らめく炎の色を映して橙色に染まっていた。
その横で私のことを呼ぶ上の子も、普段の気丈な様子とは裏腹に目からは涙をポロポロとこぼす。
それをぬぐってあげたいのに、うまく身体が動かない。
そしてツンとした臭いが鼻を突く。これは、ガソリンの臭いだろうか。
かろうじて動く左手で二人を押す。薬指にはめた指輪がキラキラと輝く、それに勇気をもらった。
ここはダメ。危ないから。
それに気づいた上の子が焦ったように下の子を引っ張っていく。
目からたくさんの涙をこぼしながら、何度も何度も「お母さん」と呼びながら。
ごめんね、ありがとう。お父さんに言ってね、「おいしいボルシチの作り方を教えてあげられなくって」って。
ねえ私の子供として産まれてくれて、いてくれてありがとう。大好きよ。とてもとても大好きよ。
声に出そうとして、耳元で大きな爆発音が――。
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