シルノフ編 | ナノ
雨が酷いな。
ウォッカはトゥルの調べてきた情報が書かれた書類に目を通しながら、そんなことを考えた。けれどすぐに別の紙を手に取り、脳内で的確にそれらの情報の必要性を分別する。
さまざまな組織の名前が挙がっている中、何度確認しても、どう認識を修正しても、一番可能性が高い組織は一つしかない。
そして結論が出かけたところへ、控えめなノックの音が響いた。
「どうぞ」
声をかけると扉が開きククールとロザリが室内へ入ってきた。
「キルシュ様のことで報告、と詳細を聞きにきたんだけど…」
ククールは不思議そうな顔で部屋の中を見回す。しかしこの部屋にいるのはウォッカとトゥル、ククールと同じく報告しにきたリキュールしかいない。
「探しものかい?」
「いや、まあ…いいや」
「じゃあ報告を頼む」
自分で問題ないと言ったはずのククールは歯切れ悪く話を始めた。
キルシュの容体、武器の特定、そこから割り出される人物像などを細かに話していく。一通り聞くと、今度はリキュールが報告を始める。
「現場には雨で足跡も血も流れていてあまり痕跡もなかった。護衛の二人は森の奥で殺されていた。運転手は依然意識不明の重体、生きているのが奇跡なくらいだ」
「その運転手だろ、ここに連絡してきたの」
護衛二人が殺されているあいだ、運転手が組織に連絡を入れたおかげで今回の件がはやく発覚したのだ。おそらく会合の場にキルシュがあらわれないというところから事件発覚を予測していた犯人らは、自分たちの保身のため運転手を始末する前に逃走したのだろう。
「隙をついて連絡をしたから、なんとか生き残ったんだろうな」
「運がいいっつーかかわいそうっつーか…で、ウォッカ。どうなんだよそっちは調べはついたのか?」
何気なく尋ねるとウォッカはにこりと笑う。
「すでにボスに報告済み、あとは判断を待つだけさ」
そう言って再び書類に目を向ける。そこに影が落ちた。
「何かな?ロザリ」
執務用のゴツイ豪華な椅子に座るウォッカに音もなく近づいてきたロザリは、普段どおりの無表情の中にどこか不安さを隠していた。
「…エミール」
「ん?」
「エミール、は…来ていないの?」
囁くようなロザリの言葉にウォッカはトゥルを見た。
キルシュの事件が起きてから少しだけ自身は部屋を空けてはいたが、その間にトゥルは部屋にいたはずである。しかし何も知らないのかトゥルは小さく首を振った。
「いや、来ていないな。それにこの件、おそらく何かをするための前準備に近い、キルシュ様が狙われたのなら次はお嬢さんの可能性が高いだろう。もうボスが手を回したはず…」
「いやでもあいつさっきまで俺たちと一緒にいたんだけど…」
ククールの頬に冷や汗が流れる。もちろん同じくらいウォッカも内心冷や汗を掻き、舌打ちをした。
「トゥル、ボスに報告だ。お嬢さんが危ない…いや、もう遅いくらいだが」
「はいっ」
「リキュールたちはお嬢さんを探せ。城内だけでなく外もだ」
「お、おう」
素早く指示を出された三人はすぐさま部屋を出ていく。
しかしリキュールだけは扉の前にとどまった。
「リキュール」
「本当にこれはこの組織を狙ったものか?」
鋭い声にウォッカは小さく目を張るが、すぐに普段どおりの笑顔で「というと?」と返した。
「兄貴の指示、まるでもうここにはいないことがわかっているようだった。つまりエミールはさらわれたんだろ?」
「だとしたら何のためにだろうな」
「さあな。何かの取引が、おびき出すための餌か」
「…」
「兄貴」
「さて…な。目的がこの組織かどうかなんて、重要なのはそこじゃあないだろ?」
疑問形だが、有無を言わせぬ口調にリキュールは正面からウォッカを見た。いつもの胡散臭い笑顔ではなく、口元が歪な形をとり、皮肉そうな笑みを浮かべ、そして鼻であざ笑う。
「この組織に楯突いたことが何よりも重要なんだよ」
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