クルィロフ家編 | ナノ



 深い深い闇を携えて双子は長い廊下を歩く。
 エミールの部屋を目指して。
 初代の意向を降霊によって伝えてきた異能の一族、クルィロフ家。
 降霊こそ出来るが、異能の覚醒を導く力だけは恵まれなかった当代の双子当主。
 その異能の覚醒には片割れの命を対価にしなければならない。
 異能が使えるのは当主だけとなった一族の為に。
 異能の為に近親婚を繰り返し、初代クルシェフスキーファミリー・ボスに忠誠を捧げた一族。
 初代の意向を伝え、ファミリー終焉のその日まで歴史を記録することこそが一族の存在意義。
 クルィロフ家はクルシェフスキーファミリーの為に在る。
 けれど。
 クルシェフスキーファミリーはクルィロフ家の為に在るわけではなかった。
 時代を下るごとに煙たがれ、異能を否定した。
 お前達は要らない、と。
 口にこそ出さないが、時代を下るごとにクルシェフスキー家はクルィロフ家に対して否定的になった。
 だが、それでも。
 クルィロフ家はクルィロフ家として在らねばならない。
 初代ボスの為にも。


「今宵こそ」「一族の宿願を」

 スェウとスノウは互いの手を握りしめ、廊下を進む。

「例えどちらかが」「命果てようとも」

    「「構いはしない」」


 さぁ、同朋を導こう。







**



「!」

 訓練された人間は気配に敏感である。
 モニカによって再びエミールの部屋に集められていたウォッカ、キルシュ、ハル、ヴァーシリーは一斉に近付きつつある気配に反応した。

「…問題ない。地の利はこちらにある」

 エミール、モニカ、ウォッカ、ハルは銃を持ち、キルシュは日本刀を持ち長椅子から立ち上がる。

「それにしても数がどんどん増えてきてるわ」

 エミールがそう言うと、ハルは床に耳をあてる。

「……2、17、34、46、58…。5人に対しては用意周到だな。ここのファミリーの構成員達はどうして動かない…?」

 ハルの疑問にモニカが答えた。

「…クルィロフ家について知っているのは幹部くらいよ。末端までその存在伝わっているわけじゃないわ。今回の件についてもボスが殆どの幹部含む構成員達を別任務に就かせて追い出したのよ。ファミリー内とは言えど表沙汰にするにばクルィロフ家゙は非現実的過ぎるわ。今、此処に残っているのは私達とボス含む数人だけ」

「58………。クルィロフ家がうちに置いている機械人形の数と合致するな」

 キルシュはクルィロフ家に関する資料からそれを思い出した。

「確か近年機械人形は非常事態用に全てが戦闘タイプに改良されていたはず…」

 クルィロフ家の機械人形は見た目こそ人間と見紛う程に精巧に創られている。
 数年前までは傍観するのみが機械人形の役目であったが、強化された機械人形をもってこそ初代の意向の早期実現になるとクルィロフ家が強く主張してきたのを渋々ミハイルが了承したのだ。
 それまでの傍観するのみであった機械人形に各人の戦闘データを組み込ませているのがその特徴だ。
 エミールは勿論、ファミリーの各人のこれまで記録出来た戦闘の全てが機械人形には入っている。
 更にそれらを元にした機械人形独自の戦闘をも可能にし、各人の一挙一動、一瞬の状況判断その他諸々、過去のデータから現状と最も近いものを即座にたたき出し、実戦に応用するというとんでもないスペックを持っているのだ。

「……最終的に武力行使に出るつもりね」

 モニカがそう言うとハルは「上等じゃねーか」と口角を上げる。

「エミール、分かってるわね?言霊を聞いては駄目よ」

「はい…」

 こくんと頷いた瞬間、部屋の扉が開かれた。
 そこに立っていたのは勿論―…

「クルィロフ家…!」

 モニカはエミールの前に立つ。

「「ご機嫌ようエミール様」」

 二人の後ろでは機械人形がずらりと整列していた。
 一様に無表情のそれらは何とも不気味であり、各々銃などの武器を携えていた。

「我々の言いたいことは」「分かっておいででしょう」

「「さぁ、お返事を」」

 双子は笑った。
 喜怒哀楽全てを超越した狂った笑みを浮かべ、エミールの返答を待つ。
 エミールはモニカの肩に触れ、避けるようにして前に出る。

「悪いけど、お断りするわ!」

 エミールはそのまま銃口を双子に向ける。

「「やはり我々の願いは聞いてもらえないようですね」」

 そう言うと、スノウはすっと手を上げる。その手が勢いよく振り下ろされると、機械人形達は一斉にエミール達に襲い掛かってきたのだった。





**


 鳴り止まない銃声に金属音。
 高いスペックの機械人形を破壊するのには中々に骨の折れる作業で、ウォッカ達が反撃すればすぐに応戦してくる。実戦経験のないはずの機械人形は恐ろしいほどに強敵だった。
 半数近くを破壊した所でどのくらい時間が経ったのだろうか。
 防弾製の家具を盾にしたりして応戦するウォッカ達であったが、戦況は依然として変わらない。
 人間相手の方がどれほど楽かと思わずにはいられないくらいに。
 だが焦れているのは向こうも同じだったのか、機械人形の後ろにいた双子は「やめなさい!」と一喝した。
 双子はぴたりと動かなくなる機械人形に道を開けさせ、エミール達の前に現れた。

「時間稼ぎは十分です」「覚醒させる準備は調いました」

 双子がそう言うとオッドアイの瞳が黄金(きん)に光り出す。

「エミール!!」

 モニカが叫ぶ。
 だが双子の黄金の瞳を前にしたエミールはそれに呼応するかのように動かなくなった。

「ヴァーシリー!エミールの耳を塞ぎなさい!」

 モニカの言葉にヴァーシリーはすぐさまエミールの耳を塞ぐ。
 モニカはその間に双子の背後に回り込み、スノウを人質に取る。

「異能を覚醒させたら貴方の家族を殺すわ!それでも良いの…!?」

 その気迫は鬼の化身のようで一切の容赦がない。

「スノウ!!」

 スェウは人質に取られた片割れの名を呼ぶ。

「エミールを元に戻しなさい。貴方達に話があるわ」

「スェウ…!聞いてはいけない!」

 スノウは悲痛な声を出す。
 スェウはスノウを見詰めると、首を振りエミールを解放すべく瞳を普段のオッドアイに戻した。
 エミールはその場で崩れ落ちるが、ヴァーシリーがエミールを抱き留めた。
 ヴァーシリーがエミールに呼び掛けると、エミールはふっと意識を取り戻した。
 モニカはそれを確認すると、スェウに視線を戻した。

「…もう終わりにしましょう。初代の復讐が私達一族に何を与えてくれたの…?権勢を失い、一族の殆どは病で命を落とした。復讐の為に一族は近親婚を繰り返したわ。病で命を落としたのだって、近親婚のせいで免疫力の殆どない胎児が生まれたせいよ。クルシェフスキーファミリーはもう貴方達に異能を求めているわけじゃないの。時代と共に一族も変革していかなくちゃ。それが出来るのは一族当主たる貴方達よ」

 諭すように語るモニカに双子は反論する。

「けど!」「我々はずっと初代の為にっ」

「私はね、武器を持つ相手には容赦しない。殺しもするわ。でもね、当時のブリュヘル家はマフィアでも何でもなかった。例え教会の派閥争いで虐殺された過去があるとしても、当時のクルシェフスキー家の武器は人を殺す道具じゃなくて、神への信仰の深さだった。やり返すんじゃなくて、復讐するのを堪えるのが当時のクルシェフスキー家が選ぶべき判断だったわ。じゃなきゃ、私達はブリュヘル家と同じになる。それにほら、カタギには手を出すなって言うでしょ?……もう解放されたって良いじゃない。貴方達は一族の血を繁栄させる為に遺された子だわ」

 モニカはスノウを解放し、スェウの傍まで歩み寄ると二人を抱きしめた。

「たくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん寝て、大きくなりなさい」

 スェウとスノウは目を見開く。

「そんなことっ」「誰も言わなかった…!」
 ぽろり。大粒の涙が頬を流れ、二人の頬を濡らす。

「うん、よく頑張ってきたわね。偉いわ」

 モニカは小さな身体を抱きしめ、愛娘に向けるような極上の微笑みを向ける。

「今からでも」「間に合う…?」

「勿論。可愛い甥っ子達の為にも私も手伝うわ」

 モニカがそう言うと、エミールはすかさず突っ込んだ。

「え、ちょっと母様、甥っ子ってことは…」

「この子達と貴方は従兄弟同士よ」

 母の発言にエミールはぴしりと固まる。

「とんだ従兄弟喧嘩だな!」

 けらけらと笑うハルにエミールは眩暈がした。

「――と言うことだから、バックアップお願いね。ボス」

 モニカがにこりと微笑むと、そこにはミハイルが立っていた。
 どうやら部屋に入りきらなかった機械人形と戦闘していたのか廊下には破壊された機械人形が見えた。
 スノウの戦闘停止の命令後は物陰に身を潜め、戦況を伺っていたらしい。

「勿論。クルィロフ家の一族には私からも話そう」

 ミハイルはキルシュとエミールの傍まで寄ると愛息と愛娘に怪我がないか身体をぐるりと見回した。
 その親馬鹿ぶりにウォッカとハルは苦笑するしかなく、スェウとスノウはきょとんとしている。
 そんな各々の様子にモニカは益々笑みを深くしたのだった。





**



 この後、クルシェフスキー家とクルィロフ家は友好的な関係を築くこととなる。
 相変わらず機械人形を置いて歴史の記録には勤しむクルィロフ家であったが、時折当主自らクルシェフスキーファミリーを訪れてはエミールに遊んでもらっている双子の姿が度々目撃されたとか……。




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