クルィロフ家編 | ナノ
夜間、エミールの部屋を再度訪れたウォッカにモニカはヴァーシリーを引っ張って出て行った。
残された二人は何をするわけでもなく長椅子に腰掛け、窓の外に広がる夜空を眺めていた。
エミールは夜空を眺めているウォッカに視線を向けるとくすりと笑った。
「昔、ウォッカを初めて見た時は怖くて仕方なかったの。でも、あの後ウォッカに言われだおかわりの魔法゙で全然怖くなくなっちゃった」
「…魔法使いなんて柄?」
「たまに。うん、凄く稀に良い人に見える」
ふふ、と笑いエミールはウォッカの頭を撫でてみた。
普段から人に頭を撫でられてばかりのエミールにとってそれは凄く新鮮だった。
もし此処に他に人間がいれば、頭を撫でられているウォッカに対して皆視線を注ぐであろうが、生憎と室内には二人きり。
エミールがあまりに無防備に触れてくるものだから、ウォッカは少しだけ意地悪をしたくなった。
「良い人はこんなことする?」
そう言ってウォッカはエミールのうなじに手を添えると、首を軽く吸った。
「!!?」
ウォッカの突然の行動にエミールは顔を真っ赤にし、思いきりウォッカを蹴り飛ばした。
「ななな何すんのよ…!!」
ひいひい言いながら、耳まで真っ赤にしたエミールは涙目になりながら吸われた部分を手で隠している。
一方、蹴り飛ばされたウォッカは蹴られたお腹を撫でていた。
「魔法使いの反逆」
「柄じゃないって言ったじゃない…!」
「お嬢さんが悪いんですよ」
わざとらしくそう言ってウォッカはふと物思いに耽る。
(妹みたいに思ってたんだけど…)
出会った頃から何故だか気にかけていた少女は、現在自分の中に於いての優先順位がかなり上位に食い込んでいる。
時たま自分に向ける花の薫るような笑みも自分だけに向けられていることを知っていた。
それが何より可愛い。
保護欲からくるものかもしれない。
けれど、それは彼女にしかおこらない。
そこまで自覚しておきながら、自分から手を出すような真似はしてこなかった。
だが、エミールがあまりに無防備だから少しいじめてみたくなった。
これで彼女も少しは自分を意識していることを自覚すれば良い。
そんなことを考えながら、ウォッカはエミールにいつも意図の掴めない笑顔ではなく、何の淀みのない優しい笑顔を向けたのだった。
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