クルィロフ家編 | ナノ





 エミールの部屋を訪れたウォッカ、キルシュ、ハルの三人は、ヴァーシリーに促され長椅子に座った。
 エミールの世話役であり補佐役であるヴァーシリーは執事のように細やかな気配りの出来る男で、愛娘に男が近寄るのを嫌うミハイルをも許容させた人物だった。
 現在、普段エミールの身の回りの世話をしている使用人は部屋の何処にもいない。いつもなら部屋の隅に待機している。だが、使用人はただの人間ではない。クルィロフ家がクルシェフスキーファミリーに置いている機械人形なのだ。
 クルィロフ家との確執が悪化している中、機械人形を傍に置いておくのをよく思わなかったモニカに早々に任を解かれたのだ。
 よって、お茶出しまでヴァーシリーが行っている。
 エミールが何より大事なヴァーシリーはそれを何の苦にも思うことなく、寧ろ嬉しがっている。
 モニカはモニカで滅多にない愛娘との時間をそれなりに満喫しているようで、クルィロフ家に対してもさほど慌てるわけでもなく、どっしりと構えているようだった。本人曰く「何もすることないもの。やれることはボスがしてるし」だとか。
 ヴァーシリーの煎れた珈琲がハルの前に置かれると、ハルは角砂糖を片手一杯に掴み、ティーカップにどばどばと投入した。
 ヴァーシリーはうわぁ…と苦虫を噛み潰したような顔になったが、見慣れているのか呆れているのかエミールとキルシュは平然としている。
 ウォッカとモニカなどは、さして興味もないのか顔色を変えるわけでもない。
 思い通りの甘さになったのか、ハルは満足気にそれを飲み干した。
 そろそろ本題に、とウォッカは口を開いた。

「ボスからの厳命だよ。お嬢さんはしばらく自室から一歩たりとも出ないようにとのことだ」

 その言葉にモニカは何を思い付いたのかにこりと微笑む。

「まさに箱入り娘ね」

「モニカ様、こんな時に冗談ですか…」

 すかさずキルシュが突っ込む。

「んーん。と言うかその危険性と有意性について考えてたの」

「…密室が、ですか」

 キルシュがそう言うとモニカは「それもあるわね」と応えた。

「一定の場所に身を置く危険性と、降霊を行う為の必要条件よ。万が一異能が覚醒した場合、向こうとしてはすぐに初代を降霊したいはずじゃない?降霊を行うには、密室であることが必要条件なの」

「有意性については?」

 ハルはモニカに尋ねる。

「護衛する際の優位性と、向こうの動きを封じる為に決められた範囲の中で動けることかしら。恐らくボスはこっちを優先させたのね」

「でしょうね。まぁいざとなったら窓から飛び降りましょうね、お嬢」

 ヴァーシリーはけろりと言ってのける。
 エミールは自室から地上までの距離を考えてみたが、渇いた笑いしか出てこなかった。
 それもそのはず、冬の城とも呼ばれるこの白亜の屋敷のエミールの部屋はそれなりに上階にある。
 いくら訓練されているからと言っても、飛び降りて無傷でいられるわけはない。はっきり言って、死ぬ可能性の方が高い。

「大丈夫です。自分が下敷きになりますから、お嬢には傷一つつけやしませんよ」

 ヴァーシリーのその言葉にエミールは何より青ざめた。

「絶対、嫌。潰れたヴァーシリーの上に私を座らせるつもりならお断りよ。と言うか、死んだら許さないんだからね」

 エミールがそう言うとヴァーシリーは眉を下げてへにゃりと笑った。
 むぅ、と眉を寄せる娘にモニカは可笑しくなって、「あらあら」と笑い出した。

「…エミールはクルィロフ家をどう思う?」

 キルシュが尋ねると、エミールは今まで以上に眉を寄せ考えこんだ。

「……世界の全てが初代で構成されてて、クルィロフ家にとって初代ボスは、まるで幼子にとって絶対の存在である親みたい。クルィロフ家から初代を取り上げることって凄く残酷よね。だからと言って、異能を覚醒させられても困るけど…」

 そこまで言うとエミールは口を噤んだ。

「クルィロフ家にとっての絶対、か…」

 ハルは少しだけ俯く。
 周囲が静まり返ると、ウォッカは口を開いた。

「その絶対は絶対必要ですか?腐った足枷なら必要ないと思うけど」

「…。…そうね」

 ウォッカの言葉にモニカは苦笑した。










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