番外編 | ナノ



 毛色が違う。
 自分達の領分を侵す小汚い子供。
 吐き捨てる程言われてきた言葉も、今日この日自分に下されるであろうボス直々の勅命を思えば何てことはない。
 監察顧問副官。それが今日より自分に与えられる役職名だ。

「監察顧問副官なんて快挙じゃない!」

「ククール、おめでとう…」

「ありがとな」

 幼なじみである少女達はまるで自分のことのように喜んでくれた。
 調度エミールとロザリはボスの本妻であるニキータ様と供に薔薇園にいて、何やらお茶会に興じているらしい。
 ボスの本妻であるニキータ様はキルシュ坊ちゃんの実母でもある。キルシュ坊ちゃんと同じブロンドの髪の妖艶な美女は、とても子持ちには見えない。
 しかし、妖艶な外見とは裏腹に彼女は毒女というわけでもなく、妾の生んだエミールのことを何かと気に掛けてやっている。
 お茶会もエミールの近況を聞く為のものらしい。
 過保護なことで、とは言えずククールはただ黙り込む。

「ククール、貴方もお座りなさいな」

 そんな沈黙に気が付いたのか、ニキータ様は空いている席を勧めてきた。
 けぶるように覆われた睫毛からは王室の青と謳われるロイヤル・ブルーのごとき瞳を覗かせ、ルージュのひかれた厚みのある唇は艶めいている。
 エミールの母親であるモニカ様とはまた違うタイプの美女だ。

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 白いガーデンチェアに腰を掛けると、手際よく給仕役のお姉さんがコーヒーを用意してくれた。紅茶があまり好きでない俺の嗜好を把握してくれている所が流石はニキータ様仕込みの女中さんだ。

「グスタフ監察顧問も老齢みたいで、今まで空席だった副官に俺をとボスが推して下さったんだ」

 いきさつをエミールとロザリに説明する。
 二人は幼なじみがファミリーで力量を期待されているのが嬉しいのか、エミールの頬は赤みを増し興奮しているようだった。
 ロザリは相変わらずの無表情だったが、彼女なりに祝福してくれているはずだ。
 けれど、ニキータ様は表情を硬くした。

「グスタフ顧問は監察顧問を半世紀の永きに渡り務め上げた御仁。前ボスのオーデル様にもよく仕えて…。ククール、貴方はその半世紀を引き継ぐ立場となったのがお分かりなのかしら?」

 ニキータ様がそう言うと、薔薇園に風が凪いだ。むせ返るくらいに香る薔薇の匂いに一瞬あてられそうになる。薔薇の花びらは辺りを舞い、給仕役のお姉さんが用意してくれたコーヒーに花びらが落ちた。
 ニキータ様の言葉に俺は暫くの間黙り込んだ。傍から見れば途方もないくらいにガキの俺にグスタフ顧問の半世紀は重い。
 だが、何もかもを失って此処に来た自分に与えられたものがどんなに重たかろうと手放したくはない。
 母には死に別れ、父にはいつの間にか消息を絶たれた幼い自分の空虚感を思うと、今がどんな人生の転換期だろうと満たされていると思わずにはいられない。
 やっと。やっと自分の足場を築けたように思うのだ。
 もちろん、正念場はこれからだ。
 自分の働き次第で足場は強固にも為り得るし、簡単に崩れ落ちることもある。
 きっと、俺の気持ちを整理させるためにニキータ様はわざわざ覚悟の是非を問うたのだろう。
 美しいだけではボスの妻など務まらない。いつも艶やかに微笑む裏ではいくつもの苦難に耐えてきたのだろう。
 本来、男性につけられるはずの「ニキータ」と名付けられたにも関わらず、自身の親のファミリーを継ぐわけでもなく、クルシェフスキー家に嫁に迎えられた話はファミリー内でもよく耳にする。
 エミールから聞くに、ついに男子に恵まれなかったニキータ様の父親は、幼い娘の名前を男性名に改めさせたという。しかし幼いニキータ様はそれに反発し「それならより女らしく」あろうとしたらしい。父娘は反発し合ったが、末期の癌を患っていた父親は最期に謝罪の言葉を告げ亡くなった。反発する相手が亡くなり、遺されたファミリーを継がなければならなくなった時、ニキータ様の母親は全権委任の書状と共に娘をクルシェフスキーファミリーの元に送った。当時のボスだったオーデル様はその返礼にとニキータ様を息子の妻としたらしい。

「私(ワタクシ)は覚悟が出来ず父を悲しませてしまったけれど、貴方は違うみたいね」

 ニキータ様は境遇こそ違えど、己と同じ愚を繰り返してはならないと言っているのだ。優しく微笑むニキータ様から母性のようなものを感じ懐かしさのあまり心臓が早鐘を打つ。
 嗚呼、全てを失ったはずだと思っていたのに、自分は覚えている。死に別れた母の死に逝く前の哀しそうな顔を。
 今ようやく鮮明にそれが甦る。

「親が子に願うことって、何ですか」

 確信が持ちたくてわざとそれを口にする。

「ただ健やかに生きてくれることかしら」

 人殺しの自分には過ぎた願いに思わず苦笑する。

「はは…。そりゃ俺には分不相応ってもんで」

 そういうとニキータ様はでもね、と付け加える。

「どんな子供でも親だけは最後まで味方なのよ。そう思うだけでも、足に力が入って立っていられるわ。あと、仕事中は無用な感傷は捨てることね。正当化出来る程、この仕事は綺麗じゃないわ。余計なことで思考を止めるのはやめなさい」

 飴と鞭の使い分けられた言葉に身の引き締まる思いがする。最後に鞭を持ってくる所はさすがボスの妻だ。

「最後の方はオーデル様の言葉なのだけどね」

 くすりと笑うニキータ様に降参ですと両手を上げてみせる。
 ボスであるミハイルの時に徹底したマキャベリストな所はオーデル様の教育の賜物だったらしい。
 その後、お茶会を終えたエミールとロザリを連れて屋敷内を歩いているともう一人の幼なじみであるリキュールに出会った。
 そういえば就任報告してなかったなと思い、口を開こうとした。
 だが、リキュールは俺の言葉を待たずに口を開いた。奴にしては珍しいその行動に驚いたが、リキュールの放った言葉で俺は更に愕然とした。

「ククール!こんな所で何をしている…。グスタフ監察顧問が鬼の形相でお前を探していたぞ」

「えぇ!?は、何でまたそんな」

「副官に就任したのに何処でほっつき歩いているのかと…」

「いやいやいや!就任って言ったって着任日は一週間も先で…」

「そんなことは俺は知らん。とっとと行ってしばかれて来い」

 リキュールは完全に他人事のようで、ある意味死んでこいと死刑宣告をしてくる。
 リキュールとは対象的に青ざめた俺はとにかくすぐに監察顧問のいるであろう執務室に向かおうと走り出す。
 走りながら最後にくるりと後ろを振り向き、幼なじみ三人にびしりと指をさす。

「夜!ぜってー夜明けとけよ!皆で呑もうな!」

「はぁ!?私ら未成年だってば……!」

 全くこのエミールという幼なじみは何を今更だ。

「ウォッカの部屋からくすねてくんの、お前の役だかんな!」

 自分だったら死んでもやりたくない役目をエミールに押し付け、脱兎の如く走り去る俺にロザリは薄く微笑むのが見えた。
 それに不覚にも激しくときめいて、先程とは違った意味で心臓が早鐘を打ったのだった。



**

おまけ



「お嬢さん、何をしているんだい?」

「ウォッカ!?え、えぇーと、あ!あんたの身体の為にも、このお酒を没収しに…」

「ふーん」

「な、何よ」

「正直に言ってごらん。でないと、お仕置きだよ…?」

「なななな!何言って…!とにかく!没収!」

「……………。面白いなぁお嬢さんは」



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