番外編 | ナノ


「馬鹿みたい」
 思いのほか響いた音は聞いてほしいわけではなかったのに静かな空間にたしかに広がった。しまった、と思ったがもう遅く、その呟きに反応して彼はキョトンと自分を見てくる。
 普段は横で括られている髪はほどかれ肩で揺れながら上半身むき出しの彼の肌に影を作っていた。その姿があまりにも新鮮で知らない人みたいだったから口が滑ってしまったのかもしれない。どのみちどう言い訳をかさねても言ってしまったのだから無意味だが。
「何が?」
 彼は静かに聞き返してくる。出来れば追求してほしくなくて、ついでに言うなら顔を見るのも辛くて俯いていると頭に重みがきた。彼の手だ。
「何が馬鹿みたいなんだい?」
 わざとらしい、いつも通りカンに障る口調なのに今日は素直に聞いてしまう。頭に乗った手はあやすように頭を軽く叩いて、続きを促してくれる。
「だってそうでしょ、そんな怪我してさ」
「もしかして馬鹿って俺のこと?」
「・・・信じらんない、守るはずが守られて」
「やっぱり君のこと?」
 静かな声が的確なタイミングで相槌を打ってきて、そのたびに強制力はなくても続きを言えと言われているような気分になり、その声と感情に泣けてきた。
「情けな・・・」
 言ってしまうと全てが瓦解してボロボロと目から涙が溢れ輪郭を伝い下へ落ちていくのがわかった。泣くのが恥ずかしくて横目で彼を見ると目を瞑って笑ってやがった。
「笑ってんじゃないわよ、気色悪い」
「ああ、そう?君がいきなり泣き始めるのに比べたらまだマシなほうじゃないかな」
 嫌味だ。今世紀最大の侮辱だ。
 なのにまったく腹が立たない。きっと彼が無駄口を叩きながらも頭から手をはずさないことや、まるで私の泣き顔を見ないように目を瞑っていることが理由だろう。だからなおさら泣けてくる。自分を庇ってくれて、見舞いにきたのに慰めてくれて、しかも普段よりなんだか安心できる。
「手、邪魔」
 いつもより数倍低い声で言ってみると、面白そうに笑い声を上げて「お嬢さんの鼻声が治ったらどけますよ」と言い返された。
 なんてことだ、そんなことを言われたら泣き止めない。嬉しくもなくて悲しくもない、ただ与えられてばかりの自分が情けなくて、与えてばかりの彼が憎らしい。
 弱くて、素直に「ありがとう」も言えない自分と他人ばかりに構う彼。
 だけど、今この世で抹殺したいとすれば、他人にすがることしかできない自分だ。




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